ハイル

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【飛べない翼】

 男はギプスに包まれた右腕を天井にかざし、上から注ぐ照明を遮った。
 外からは見えない掌を動かそうとしても、雁字搦めに腕を捕らえた包帯がそれを許さない。骨が軋むような痛みだけが右腕には残されていた。

「これじゃ、もうお前を抱きしめることもできないな。使い物にならない腕になっちまったよ。こんなもの、飛べない翼と同じだ」

 男は、隣に寝転んでいる彼女へそう呟く。
 彼女は無言で、男の腕を見つめていた。
 数秒の沈黙を置いて、彼女が口を開ける。

「……何たそがれてんだ。腕折っただけだろうが」
「うるせ! だけってなんだ! こちとら――」
「はいはい、私を車から庇おうとしたら転けて骨折したんでしょ? 何回目?」
「クッソ〜〜〜! 覚えてやがれよ恩知らず!」
「はーい、ありがとうございました優しい彼氏さん」

 彼女はそっと男の肩に頭を預け、ギプスに包まれた右腕を優しく撫でた。
 男はそれだけで何もかも許せてしまうのだった。

11/12/2023, 9:12:31 AM