真澄ねむ

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 窓枠に肘をついて、ヘンリエッタはずっと外を見つめている。その視線の先にあるのはどんよりと厚い雲に覆われた曇天だ。窓に当たる呼気で白く曇ってしまうほど、外の気温は低いらしい。
「おい、ヘンリエッタ。お前、何をしているんだ」
 一心に外を眺める彼女を訝しげに見ながら、ローレンスが口を開いた。
「んーと……」彼女は振り返ることなく答えた。「雪が降らないかなって、ずっと見てるの」
 彼の眉間の皺が濃くなった。苦虫を噛み潰したような渋面を作ると、大きな溜息をついた。
 彼の溜息の音を聞いて、彼女は振り返った。渋い顔をする彼を見て、くすくすと笑い声を上げる。彼は寒いのが嫌いなのだというが、話をするのも嫌がるとは。彼女が笑うので、彼はますます眉間の皺を深くした。
 ヘンリエッタは窓枠に面したベッドから飛び下りると、てくてくと暖炉の傍をで本を読む彼の元へと歩いていく。
「ねえ、ロロ」
 すり寄りながら甘えた声を出すと、彼は嫌そうに顔をしかめながら、口を開いた。
「何だ」
「お外、行こっ」
「断る」
 即答すると、ローレンスは彼女を氷のように冷たい眼差しで見やる。その眼差しの冷たさは、おそらく外の気温より冷たい。
「お前、私が寒いのが嫌いなのを知っているだろう」
 だってぇ、と彼女は唇を尖らせた。
「ずっとお部屋の中にいるのつまんないんだもん」
 そうだ、と何かを思いついたらしいヘンリエッタが顔を輝かせた。
「じゃあ、わたし一人でお外行ってくる!」
「馬鹿を言うな。私の目の届く範囲にいろ」
 間髪容れずに却下されて、彼女は頬を膨らませた。けち、と彼をぽこぽこっと叩くと、しゅんとして窓辺に戻っていく。その様子を横目で見ていたローレンスは、彼女があんまりにもしょんぼりとしているので、深々と溜息をついた。
 ヘンリエッタ、と声をかけると、近くのポールハンガーに掛けてあったコートを掴んで、彼女に向かって放り投げる。真正面からそれを受けた彼女は、小さな悲鳴を上げた。
「な、何?」
 困惑したようにコートを握り締める彼女に、ローレンスは自分もコートに袖を通しながら言った。
「雪が降るまでなら付き合ってやる。さっさと用意しろ。全く……好き好んで、寒い中に出たがるとは酔狂な……」
 見る見るうちに顔を輝かせて、ヘンリエッタは満面の笑みを浮かべた。いそいそとコートを着込んで、マフラーを巻く。あっという間に用意した彼女は、扉の前で早く早くと彼を急かした。その無邪気な笑顔を見て、彼は知らず知らずのうちに口許を緩めていた。

12/16/2023, 12:08:54 PM