小百合

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 「無欲な人ね」
彼女は眉を下げて笑った。僕への愛情か、僕をつまらない奴だと感じているのか、どちらとも言えないような表情で、僕は少し困った。
「どういう意味?」
我ながら間の抜けた声を出してしまったと思う。でも、聞かずにはいられなかった。もし、つまらない奴だと笑われていたのだとしたら。
「…優しい人ね、って意味よ」
今度はどこか悲しげな表情だ。言葉と表情があまりにも一致していなくて、僕はさらに困ってしまった。伏せられて、長い睫毛の垂れたその瞳はどうしてそんなにも寂しそうなのだろう。
「本当に?」
僕は馬鹿だ。彼女の気持ちなんて察せない。言ってくれなきゃ、分からない。言葉に釣られるようにして手が伸び、彼女の手首を掴んでいた。そのとき、僕は確かに見た。彼女の瞳に一瞬、光が宿るのを。嬉しそうな、好奇心が湧き立ったかのような、不思議な光。
「痛い、離して」
光が見えたかと思うと、彼女は顔を背けてそんな事を言った。僕は慌てて手を離して、悪い事をしたと彼女の顔色を伺った。その顔には、何故か失望の色が滲んでいた。そんなに痛かったのか。軽く掴んだだけだと
思ったのに。
「ごめん。本当にごめんね、つい…」
「そうじゃない」
僕が言い終わる前に、彼女はぴしゃりと言葉を刺した。僕の方に向き直った彼女は、どこか怒ったような、もどかしいような表情を浮かべていた。そして次の瞬間には、その瞳に涙の粒を浮かばせていた。
「…どうして、私に欲情しないの。乱暴に、滅茶苦茶にしたいと思わないの。私ってそんなに魅力が無い女なの」

 彼女に言われた通り、僕は無欲な男だ。だから、彼女の事も、彼女の抱く欲望の事も何も分からない。理解の及ばない世界。何だか面倒くさい、と思った。
僕は何も欲しくないし、何も望まない。だから、彼女にも何も欲さず、何も望まないでほしかった。その方が面倒じゃない。楽だ。
これが僕の欲望だったのかもしれない。

3/1/2024, 12:53:22 PM