一般的に、氷の結晶としての霜は、降りるものであり降りません。霜は落ちてこないのです。
だけど、降る霜もあるのです。
すなわち霜降りです。
最近最近の都内某所、某アパートの一室に、
藤森という雪国出身者がぼっちで住んでおって、
今朝早くから、来客予定の数人のために、魚の下処理をしておりました。
そう、霜降りです。
湯引きとも言います。
霜降る朝は、コトコト70〜80℃程度に湯だった鍋の中に、ブリの進化前のイナダを10秒ほど。
霜降る朝は、湯気上がる鍋からイナダを引き上げ、氷水にとって引き締めて。
昔々とあるホテルの中の、レストランで仕事をしていた藤森は、料理担当ではなかったものの、
それでも、少しは料理を心得ておったのでした。
藤森が霜降るイナダの身は、コスパの宝刀・一尾買いによって、背の身も腹の身もビッグサイズ。
それぞれを湯引く、もとい「霜降る」ことで、
血合いや臭み、その他諸々を取っ払います。
「まぁ、こんなものかな」
朝から霜降る藤森の、部屋にその日訪問するのは、
「ここ」ではないどこか、別の世界に拠点を持つ、「世界線管理局」という組織の法務部さん。
法務部長と特殊即応部門長と、それから部門長さんの部下さんと、更にその部下さん。
藤森と藤森の後輩に、大事なハナシがありまして、
ゆえに、後輩より先に藤森のところへ、まず、訪問してハナシをする予定であったのでした。
「よし」
霜降ったイナダの水分を取って、皮目を下に。
霜降った朝の静寂に、パチパチパチ!
フライパンでソテーする音が広がります。
皮がサクサク、身がふんわり。
霜降ったイナダはバターの香りをまとって、
ちょっとオシャレな、ポワレなる料理に早変わり。
「良い頃合いかな」
時計を見れば、そろそろお客様が来る頃合いです。
朝日の陽光さし込む藤森の部屋のテーブルに、
ポタージュの粉スープを流用したクリームソースをのっけた洋風焼き魚がスタンバイ。
霜降って臭みも血合いも無くなったイナダは、それはそれは、美しい色と香りをしておりました。
そして、十数分としない間に、ピンポンピンポン。
藤森の部屋に、インターホンが響きました。
『藤森〜。法務部よ。居るのは分かってるわ。抵抗せずドアを開けなさぁーい』
『すいません。管理局です。お邪魔します』
お客様です。聞き覚えのあるオネェ声と、その部下の男声です。時間どおりに来たようです。
「あら。あらあらちょっと。イイ匂いじゃない」
白か赤の1本でも買ってくりゃ良かったわ。
法務部長は上機嫌で、玄関の先に目を向けます。
「おさかな!」
オネェ法務部長の後ろでオネェの部下の部下が持っておった、稲荷神社のしめ縄付きのペットキャリーケースからは、稲荷子狐の元気な声g
「子狐??」
「実は藤森、あなたの近所の稲荷神社の子狐が……」
キャリーケースの扉を開けて、
静かに、冷静に、部下の部下が言いました。
「来年の3月から半年間の予定で、私達の管理局に、修行に来ることになりました」
ケースからバビュン!爆速で飛び出した子狐は、
間違いなく、藤森のアパートの近所に住まう、稲荷神社の子狐でした。
「修行?」
「この子狐のご両親の意向です……が、」
「はぁ」
「あなたと一緒でなければ嫌だと」
「この子狐が?」
「そう。この子狐が」
「は、はぁ?」
経緯と詳細を説明させてください。
藤森のお客様、管理局の局員が言いました。
玄関で立ち話も何なので、料理を置いたテーブルのあるリビングに移動しますと、
「おいしい。おいしい」
例の爆速バビュン子狐が、霜降った洋風焼き魚のクリームソース付きを、ちゃむちゃむ。
幸福そうに堪能しておったのでした。
「で、この子狐が、
私が一緒でなければ……何ですって……?」
イナダを湯引く、もとい、霜降る朝のお話でした。
その先のことは今後のお題次第。
おしまい、おしまい。
11/29/2025, 3:07:48 AM