「誰よりも」
先輩はおもむろに立ち上がり、鉄柵へと腰をかけた。
「うわぁ、危ないって!ここ屋上ですよ!?」
僕は先輩の元へ向かおうと、急いで立ち上がった。
「私は誰よりも、わがままだ!」
先輩へと一歩を踏み出したその時、
先輩はこれ以上ないというくらいの大声でこう叫んだ。
「な、何を急に…」
突然の声に動作が止まり、
先輩と向き合うような形でその場に立ち竦んだ。
先輩はニヤニヤと揶揄うようにこちらを見ながら続ける。
また何か考えがあるのだろう。付き合うしかない。
「私は誰よりも、強情!」
「知ってますよ……こちらの身にもなってください」
「私は誰よりも、気分屋!」
「そうですね……」
「私は誰よりも、賢い!」
「はいはい……」
「そして……私は誰よりも、孤独だ」
先輩の白衣の裾が風にたなびく。
さっきまでの揶揄うような姿も風は攫っていってしまったようで、こんなに寂しそうな顔をする彼女を見たことは、今までで一度もなかった。
けれどそんな先輩が何故か僕には美しくて見え、
その刹那、目を離すことも声を出すこともできなかった。
「けれど……」
先輩はストンと鉄柵から降りて、僕の一歩前まで歩みを進めた。僕より高い背。少し見下ろされる。
先輩の背中を夕陽が照らし、
僕へと先輩の形をした影を落とした。
「けれ……ど……?」
ズンズンと詰め寄る先輩。
先輩がこちらへ一歩進んで来ようとするたびに、
僕が一歩下がる。また一歩、また一歩。
---ドンッ
ついに反対側の鉄柵まで追い詰められた。
そして、先輩は自分と僕を隔てる一歩分の空間を割いて、
僕との距離をゼロにしてきた。
「えっ……」
ゼロにしてきたどころか、
僕の脚と脚の間に自分の脚を滑り込ませる。
そして耳元でこう囁いたのだ。
「今は、誰よりも愛しい君がいる。寂しくないよ」
スッと身体を戻し、最大級のニヤつき顔を見せた後、
「じゃ、また明日ね。助手くん!」と言って、
手を振り去っていった。
僕はといえば、その場にズルズルとへたり込み、
頭を抱えることしかできなかった。
「誰よりも……誰よりも狡いじゃないですか、あの人」
精一杯の文句は夕方のメロディにかき消され、
そこにはいない誰かさんにもちろん届くことはなかった。
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2/17/2023, 10:05:17 AM