初めはそんなつもりじゃなかった。言い訳っぽく聞こえるけど、本当にただ呑むだけ……少なくとも私はそうだった。いい人だとは思ってたけど、既婚者なのは知ってたし、別に好きだったわけでもない。だからそんなことはあまり考えず、誘われたのも仕事の話をするためだって……そう思ってた。
お酒で失敗しただけ。彼も所詮一時の気の迷い。ホテルを出てからそう言い聞かせた。身体に刻まれた彼の感触は無視した。既婚者なんて、これ以上関わらない方がいい。面倒に決まってる。
「今晩呑みませんか?」
数日後、彼から届いたメッセージ。最初は無視しようとした。気がつかないふりを。そうすれば、彼も諦めるだろうって。だけど……
「はい」
文面とは裏腹に、口からは重い溜め息が出た。
「何やってんだろ」
その夜ーー
「ねえ、よかったらまた……」
「だめです」
彼の顔を見ず、手を触りながらそう言った。私より随分大きくて、分厚い。全体的に小麦色に焼けているが薬指に一本、白い線が入っている。
「じゃあ、今日は何で?」
「多分……寂しかったんだと思います。最近仕事ばっかりだったから」
「俺でよければ、話聞くよ?」
下心の透けた、使い古された誘い文句。こんな陳腐なセリフを吐く人だったなんて、知らなかった。
「じゃあ、よかったらまた……呑みに誘ってくれますか?」
『愛言葉』
10/26/2022, 12:39:05 PM