おさしみ泥棒

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「好きです」

 ちょうど、ハンバーガーに食らいつこうと大口を開けた瞬間だった。向かいに座った彼が言った四文字を頭の中で処理するのに、丸二十秒かかった。私はちょっと迷った末に、手に持ったハンバーガーをしずしずとトレーの上に置いてから「え?」と聞き返した。

「あなたが好きなので、つき合ってくれませんか」

 岸くんは私の目をまっすぐに見て、はっきりとそう言った。そんな彼の鼻の頭には、バーベキューソースがついている。指摘するべきだろうか。いや、告白をされたそばから「鼻にソースついてますよ」と言うのは、いささか失礼すぎるのではないか。
 というか、どうして今なんだろう。ここはシンデレラのお城の前でも、花火大会の会場でもない。駅ナカのファーストフード店だ。
 私と岸くんは、同じ文芸サークルに所属している。好きな作家が同じだったから、わりとすぐに仲良くなった。
 その作家の作品が映画化されたということで、岸くんは一緒に観に行こうと誘ってくれた。私はもちろん快諾した。
 映画はとても面白かった。感想を語り合いながら映画館を出て、そろそろランチにしようかと入ったハンバーガーチェーン。
 ハンバーガーをひとくち食べて飲み込んでから「それにしてもあのシーンはさ」なんて言おうと思っていた。その矢先に、岸くんがあの四文字を言ったのだ。
 ポテトが揚がったことを告げる軽快なメロディをBGMに、私たちは見つめ合う。岸くんはじっと、私の言葉を待っているようだった。鼻先にソースをつけたまま、神妙な面持ちで。

「えっと……今?」

 私はとりあえず、正直に思ったことを口にした。すると岸くんは「うん、それは俺も思った」とうなずいた。言った本人も、私と同じ気持ちだったらしい。

「本当はもう少しいい感じの場所で、言おうと思ってたんだけど」

 岸くんはちょっと照れくさそうに目を伏せた。

「ハンバーガーを両手で持ってる田川さんを見てたら愛おしくなって」
「…………」
「気づいたら気持ちが溢れてた」

 ハンバーガーを両手で持っている私を見て、岸くんは「愛おしい」と思ったらしい。たしかにハムスターなんかが小さな両手でひまわりの種を食べている姿は愛おしいけれど、私は人間である。「愛おしい」と思う要素は一体どこにあるのだろうか。
 けれども思い返せば、かく言う私も、岸くんに対して愛おしさにも似た感情を抱いたことが何度かあった気がする。
 たとえば、チャックが半開きになっているリュックを気づかずに背負っている後ろ姿。教室で眠たげにあくびをする横顔。お気に入りの本について語るときは、いつもより少しだけ早口になるところ。それから、鼻先にソースをつけたまま大真面目な顔をしている、今この瞬間の彼のことも。
 取るに足らない、ちいさな愛おしさが積み重なり、やがて溢れ出す。恋ってそういうものなのかもしれない。ハンバーガーの匂いに包まれながら、齢十九歳にして、私は春を知ったのだった。

【テーマ:溢れる気持ち】

2/5/2026, 2:05:39 PM