かたいなか

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「水鏡、鏡文字、鏡餅、鏡面反射、魔境現象、合わせ鏡に内視鏡に心理学としてのミラーリング効果、脳科学のミラーニューロン。三種の神器に『白雪姫』に『鏡の大迷宮』、あと夢の鏡。……書きづらい」
やっぱ8月は手強いお題ラッシュだったか。
某所在住物書きは鏡という鏡を検索で探し回り、己の引き出しの無さを再認識して早々に力尽きた。

「『田んぼの水路とかため池とか、風の無い日には空だの風景だのがよくリフレクションして、エモい写真撮れる』ってネタは知ってるが、知ってるが……」
前々回で、そういう田舎の帰省シリーズ、「最終回」って断言しちまったもんなぁ。物書きはタイミングの悪さに視線を下げ、長いため息を吐き……

――――――

都内某所に勤務する、人間嫌いと寂しがり屋を併発した捻くれ者、藤森。
結婚経験も無いのに「旧姓」持ちであり、8年前から藤森を名乗っていて、その前は名字を「附子山」といった。
詳しくは7月20日投稿分参照であるが、諸事情として割愛する。
以下は附子山/藤森が、初めて恋した筈の人と、
8年前、バッサリ縁切り離れる直前の話。

――「相変わらずスマホで田舎の写真なんか見てる」
年号のまだ平成であった頃。都内某所の、ありふれた職場。ありふれた終業直後。
「ねぇ、あのレッドカーネリアンのミラーピアスは?いつになったら付けてくれるの?」
帰宅の準備をする、当時まだ旧姓であった頃の「附子山」。隣に寄り添い話しかけてくる者がある。
附子山がつい先月先々月まで、心を寄せ、恋をした筈のひと。名前を加元という。
元カレ・元カノの、かもと。ネーミングの安直さはご容赦願いたい。
「絶対似合うと思う。付けて、見せてよ」

藤森に、表では甘い言葉をささやき、裏では某呟きックスアプリで、毒と愚痴をばら撒いていたひと。
加元は附子山の顔に惚れ、都会の活気より田舎の自然を愛する価値観に解釈違いを起こし、
「ここが地雷」「これはあり得ない」「頭おかしい」と、陰でポストしながら、それでも附子山と決して離れなかったのは、
ひとえに「顔の良い恋人」のアクセサリーを、己を写すためのミラーピアスを手放したくなかったから。

ひょんなことから愚痴は発見され、加元に恋していた筈の附子山の心と魂は壊された。
附子山が姓を「藤森」に変えたのは、珍しい名字を捨て行方をくらまし、加元から逃げるためである。

「耳に穴を開けるのが怖いんだ。痛そうで」
どうせこの発言も、「あいつあの年でピアスも付けてない」だの、「耳に穴開けるの怖がってる。解釈違い」だのと裏アカウントでなじるのだろう。
附子山は予想し得る投稿に軽く短くため息を吐き、最大限の平坦な表情と声で、無知と平静を演じる。
「あなたが、私の贈ったカードミラーを使ってくれたら、私もピアスをつけるよ」
附子山は乾笑した。加元が附子山からの贈り物を、当日のうちに売っ払っていることを、投稿により承知の上での交換条件であった。

――その後数ヶ月もせぬうちに、附子山は離職して、加元との繋がりを「すべて」断ち、「藤森」として居住区も職場も変えた。
8年後の現在、どのような後輩を持ち、誰と帰省バカンスを楽しんで、いかに不思議な子狐と交友関係を持つに至ったかは、
過去投稿分で、推して知るところである。

が、
恋に恋して「附子山」に、己の鏡としての役割を求めた加元。附子山の想定以上に執念深かったらしく、
逃した鏡をずっとずっと、探し続けていたようで……

8/19/2023, 5:25:40 AM