G14(3日に一度更新)

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『まって』『どうしても……』『空に溶ける』


 遠くの空に、花火が打ちあがる。
 打ち上がった花火は、極彩色の花を夜空に咲かせた。
 それを皮切りに、次々と花火が打ち上げられる。
 もはや夜も遅いというのに、辺りは昼のように明るい。
 
 たくさんの花火が空を彩る風景は、まるで魔法のよう。
 夜空に咲く魔法の花に、人々の目は釘付けになり、私も空から目を離すことは出来なかった。
 でもシンデレラの様に、魔法はいつかは解けるもの。

 数百発の花火が打ちあがり、有終の美を飾る最後の花火が空に溶けた瞬間、辺りには静寂が訪れる。
 けれど、それは一瞬のこと。
 すぐに観客から盛大な拍手が巻き起こった。

「花火大会はこれにて終了です。
 皆様、暗いので足元に気をつけてお帰りください」
 アナウンスが終了を知らせ、周囲もゾロゾロと歩き始める。
 私たちも迷惑にならないよう、周りの人たちに合わせて歩き出す。

「沙都子、どうだった?
 私の地元も捨てたもんじゃないでしょう?」
 私は隣を歩く友人に声を掛ける。

「そうね、意外と良かったわ」
 沙都子は満足気な笑みを浮かべた。

 沙都子は海外暮らしが長い。
 花火大会に参加したことが無いと聞いて誘ったのだが、こうして喜んでもらえてなによりだ

「百合子に誘われたときは不安だったけど、来て良かったわ」
「なんで疑うのさ!」
「アナタ、いつも物事を大げさに言うのよ。
 自覚ある?」
「……少し」
「直しなさいね」
「……はい」
 なんで花火を見ていい気分の時に説教を受けなければいけないのか……
 私、悪い事した?

「アナタの普段の行いが悪いのよ」
「心読まないで」
 沙都子はたまに私の心の中を読む。
 それなりに付き合いが長いので察せられることはあるのだろうが、私は未だに沙都子の考えている事が分からない。
 不公平である。

「ところでこの花火大会は、なんで五月にやってるの?
 花火にはまだ時期が早いと思うけど」
「さあ?」
「呆れた!
 アナタの地元でしょうに」
「地元だからこそ疑問に思わない。
 子供の時から五月の花火が普通だったからね」
「そんなものかしらねえ……
 まあ、最近暑いし、熱中症がらみかしら……」
 沙都子がぶつぶつ言いながら、器用に人ごみを歩く。
 前を見ていないのに、人にぶつかる気配がない。
 エスパーか?

「ま、いいわ。
 花火大会も終わったことだし、それじゃね」
「え?」
 大きな交差点に差し掛かった時、沙都子は手を振りながら私と別の方向に向かって歩き始めた。
 それを見て、私は慌てて沙都子を引き留める。

「まって、沙都子。
 どこ行くの?」
「どこにって変なこと聞くのね。
 自分の家よ」
「ええ!?」
「なんでそんなに驚くのよ。
 自宅に帰ることが、そんなに変?」
「このまま私の家に泊まるんじゃないの!?」
「え……」
 沙都子が驚いたような顔をする。
 そして顎に手を当て少し考えた後、私を見た。

「そう言えばそんな話もしていたわね。
 すっかり忘れていたわ」
「ひどい!」

 てっきり泊まりに来ると思っていたので、本気で驚く
 そう言えば沙都子は荷物を持っていない。
 浮かれ過ぎて全く気づかなかった。
 一生の不覚。

「でも今から帰ると遅くなるよ。 
 電車だって混むよ」
「家族に迎え来てくるように言ってあるわ」
「それでもかなり遅くなるじゃん。
 ウチに来なよ!」
「でも着替えとかないし……」
「大丈夫!
 私の貸すから!」
「百合子、さすがに必死過ぎない?」

 私の剣幕に押されたのか、沙都子は若干引き気味だ。
 乗り気ではないようだ。
 でもここで諦めるわけにはいかない。
 私には引けない理由があるのだ。

「必死になるような理由、なにかあるのかしら?」
 沙都子は私の心の中をのぞくように、私の顔を見る。
 誤魔化すことは出来るけど、嘘を言って機嫌を悪くされるのも都合が悪い。
 それに、大げさに言うなと説教を受けたばかり。
 ここは正直にいこう。

「親に友達来るからって、お小遣い貰ったの。
 もう歓迎用のお菓子買ったから、これで沙都子が来なかったら私が食べたかっただけになっちゃう」
「いいじゃない、それでも。
 私が泊まったところで、お菓子はあなたが一人占めするでしょう?」
「そんなこと、ない、よ」

 沙都子の指摘に、私は言い澱む。
 たしかにお菓子を食べるのはいつも私。
 沙都子は食べないわけではないのだが、少食であまり食べないのだ。
 学校に持って来るお弁当も、びっくりするくらいミニマムサイズ。

 なので沙都子が泊まりに来てもお菓子を食べることはなく、結局食べるのは私だけ……
 じゃあ問題ないな。

 ではなく!

「いや、こういうのは気持ちだから!」
 危なかった。
 沙都子の言葉に乗せられることろだった。

「お菓子を一人で食べても意味が無いの。
 沙都子の側で食べるのが良いの!」

 そうだ。
 ただ一人でお菓子を食べてもつまらない。
 沙都子と一緒だからおいしいのだ!
 なので沙都子にはいてもらわないと困るのである。

 だが沙都子は手ごわい。
 並大抵の手段では意思を変えることは出来ないだろう。
 親の迎えもすぐ来るだろうし、手段を選んではいられない。

 ならば『アレ』しかあるまい。
 効果が強過ぎて封印していたが、そうも言ってられない。
 これを喰らえば、さすがの沙都子とて気が変わるだろう。
 私は大きく息を吸い、少し前かがみになる。
 
「どうしても……
 だめ……?」

 くらえ、必殺『上目遣い』!
 どんな人間でも、可愛らしさ全開でお願いすれば心が揺れる。
 そこに私の美貌か合わされば、強情な沙都子だって――

「付き合いの長い私にブリッコは効かないわよ」
 だめだった。
 予想に反し、沙都子の心は少しも動かなかったようだ。
 おかしいな。
 家族ならこれでイチコロなのに。
 沙都子って、ハニートラップには引っ掛からないタイプ?

 どちらにせよ、作戦は失敗だ。
 次なる手を打たないと。
 私が次の作戦を考えていると、沙都子が急にハッとした顔になった

「分かったわ、百合子。
 アナタの考えている事が……」
 沙都子は私の肩に手を置く

「分かったって、何が?」
「察せなくて悪かったわ」
「察するも何も、理由は全部言ったが?」
「要するにアナタ――」
「聞いちゃいない」

 沙都子は私の言葉を無視し、見たこともないくらい優しい顔で微笑みかける

「夜のトイレが怖いのね」
「違う!」
 いきなり何言うんだコイツ。

「暗いのは怖いものね。
 一緒に付いて行ってあげる」
「一人で行けるもん!」

 沙都子言葉に、つい大声を上げる。
 なんでこの年齢にもなって、夜のトイレの心配をされなきゃならんのだ。
 高校生の会話じゃない

「あら、一人で大丈夫なのね。
 じゃあ、私はいなくても大丈夫ね?」
「しまった」
 反論してしまったばかりに、泊まらなくてもいい理由を与えてしまった。
 もし肯定していれば、沙都子は今頃……

 いや、さすがに無理だな。
 私にもプライトがある。
 トイレにも行けん高校生とは思われたくない。

「あ、ママの車だわ」

 一人で悶々していると、沙都子の親の車が来た
 沙都子はわき目もふらず、車に近づく。

 もう時間切れ。
 今回は沙都子のお泊りは諦めたほうがいいようだ。
 心残りはあるけれど、ちゃんと確認しなかった私も悪い。

 なに、次の機会がある。
 その時は、ウザがられるくらい確認すればいい――

「お待たせ」
 とか思っていたら沙都子が戻って来た。
 親が乗って来たらしき車は、そのままUターン。
 どこかへ行ってしまう。

「あれ、沙都子。
 帰るんじゃないの?」
「まさかさっきの話本気にしたの?」
 沙都子はイタズラが成功したような笑みを浮かべる

「私が約束を忘れるわけないでしょう」
 と、さっきまで持っていなかったバッグを、私の前に持ち上げる

「花火を見る時まで持っていたら邪魔でしょう?
 着替えは後から持ってきてもらうように、お願いしていたの」
「ええ!?」

 自分が沙都子に遊ばれている事にようやく気付く。
 何度目か分からないイタズラの成功に、沙都子の顔は満面の笑みだ。

「さ、行きましょう。
 この辺りの道は分からないから案内よろしくね」
「……うん」

 もし願いが叶うのなら、沙都子の心を読めるようになりたい。
 そうすれば、こんな邪悪な企みなんて二度とひっかからないのに……

「無理だよ」
「だから心読まないで!」

 次こそ絶対に騙されない。
 私は決意を新たにして、ニヤニヤする沙都子を家へと案内するのであった

5/23/2025, 2:13:28 PM