「三日月よりはマウスっぽいけど、パソコンの」
クロワッサンは何語だろうと言うので、フランス語で三日月という意味だよと教えたらこんな風に返ってきた。
「ほら、握るといい感じじゃない?」
遠藤さんは持っていた袋からクロワッサンを取り出して、マウスのように握った。
「手、汚れるよ」
注意しながら、クロワッサンを一つ手に取る。言われてみれば、マウスのように見えなくもない。
「三日月と言えばさ、朝に出てる三日月についてくる星あるよね」
暗くなりかけている空をぼんやりと見ながら、遠藤さんはそう言った。足元の覚束無いのを、やんわりと袖を引っ張る。
遠藤さんの言う星は、きっと金星のことだろう。夕方にも見えることはあるけれど、朝方に見えるのは明けの明星と呼ばれる。見える時に必ず三日月かどうかは、正直知らない。
「ねぇ、話聞いてる?」
「ん、その星は金星だと思うよ」
「ほら、やっぱり聞いてない」
金星に思いを馳せる内に話題は移り変わっていたようだ。歩行者信号のボタンを小指で押す。
「何の話になったっけ」
「占いって信じてる? って話」
占い。あぁ、六占星術から派生したのか。金星人、水星人、エトセトラ。
「占いは、あんまり信じてないかなぁ」
小学生の集団とすれ違いながら、横断歩道を渡る。
「星座占いとかも?」
「星座占いとかも」
がさがさと袋を漁る。クロワッサンはあと一個だった。
「これラストだ」
「えー、私も食べたい」
どちらが食べるか、星座占いで決めることにした。
「私五位だった、かに座。あんたは、うわ、うお座一位じゃん」
「いぇーい」
出来るだけ均等になるよう、半分にして渡す。
「くれるのかよ」
「今日は運がいいらしいからね。お裾分け」
「鼻につくなぁ」
遠藤さんはそう言って笑った。
「あ、三日月。ラッキーだね」
遠藤さんは空に浮かぶ三日月を指さした。三日月というよりは半月に近い。何がラッキーなのかは分からなかったけれど、とりあえず頷いておく。
「遠藤さんは、占いとか信じてるの?」
「結構信じてる」
「そうなんだ」
「うん、都合の良いやつだけ信じるの。これ占いのポイント」
何て都合の良い考えだろう。上手い付き合い方だ。
「都合のいいって、例えば?」
遠藤さんは「聞きたい?」と何故か勿体ぶった。
「凄い聞きたいかと言われると分かんない」
「食いついてよ」
言いたいみたいなので、聞いてあげることにした。
「かに座とうお座はね、相性良いの。都合いいでしょ?」
確かに、それは都合の良い考えだ。
「なんか、星座占いを信じてみたくなったかも」
「なにそれ、意味分かんない」
どちらともなく笑って、暗くなってきた住宅街に忍び笑いが響く。隣にいる遠藤さんの表情を、三日月は照らしてくれなかった。
1/10/2024, 4:10:40 AM