♯空に向かって
ソラが死んだ。
十九歳。猫の平均寿命が十六歳だと考えると大往生である。
おれが生まれる前からソラはいた。いつでも優しく寄り添い、温かく見守ってくれた――おれにとっての兄であり、いちばんの友人。
そのかけがえのない存在がたった今、ワンボックスカーに積まれた焼却炉の中で、早急に焼かれようとしていた。骨だけを残して。
父は苦しげに顔を歪ませ、母はハンカチで目許を押さえている。おれはソラを永遠に失った哀しみと、おれを独りにしたソラへの怒りで、ただただ呆然としていた。
そのときだ。陽だまりの香り――ソラの匂いが、ふと鼻をかすめた。
元を辿るようにおれは空を見上げる。
白い煙がルーフからゆらゆらと立ちのぼっていた。真っ青な空に向かって溶けこむように消えていく。
――ソラだ。
瞬間的に理解する。
ソラがいってしまう――。
ソラの葬儀を引き受けたこの会社は、最新設備と無煙無臭を看板に掲げている。だからこそ両親はこの会社を選んだ。けど周辺にただようソラの匂いと、ルーフから上がる白い煙に気づいている様子はない。
――おれしか視えていない。
もう十六歳だ。常識も分別もある。『あれ』がソラだなんて手放しで信じられるワケがない。おれの弱った心が見せる幻想に決まっている。
――ルーフにのぼって掻き集める……なんて、するワケがない。できるワケがない。
それでも――。
おれは思いきり息を吸いこんだ。そしてコクリと飲みこむ。それを何度も何度も繰り返す。
この胸に空いた穴を埋めるために。
おれを置いていったソラを罰するために。
ソラはおれと一緒に生き続ける。これからもずっと。空には還らせてやらない。
4/3/2025, 7:04:33 AM