一花

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沸かしたての湯を注いだら湯気と共にふわりと立ち昇る香りに過去の幻影を見る。
休日の朝は僕がパンケーキを作り、君が紅茶を淹れる。そんな当たり前の日々は失って初めてその価値に気付くのだと、今更に思い知った。

だって、どうしたって君と同じ香りにならないんだ。同じ電気ケトルで沸かした湯を残っていたティーバッグに注いでもあの頃の香りは再現できなくて。
このまま記憶から薄れていってしまうのだろうか。幸せの香りも、君の笑顔も拗ねた顔も、体温も、全て幻になってしまうのか。
淹れたての紅茶を飲んでも温まらない身体をどうしたらいいのだと、君のところへ聞きに逝きたい。


『紅茶の香り』

10/28/2023, 1:05:07 AM