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日頃の感謝を。好意を。友情を。秘めた愛情でもいい。面と向かって口にするのは恥ずかしいというのが、大半の人の言うことだろう。
であるから、「形」にする。想いを物に換算して手渡す。値段や手間に想いの大きさが比例するとは限らないが、口で言うよりはよっぽど気が楽なのだろう。多分。
……というかそもそも、その行動は、本当に相手のためなのか。

「バレンタインチョコ?」
「そう。あげようと思ってさ。何がいいかな、って。」
「……誰に。」
「え?そりゃ、彩芽に決まってるじゃん。」
そういうのって本人に聞くのか?普通。
騒がしい昼休みの教室で、菓子パン片手に向かい合う友人。私はきらきらと目を輝かせてこちらを見る彼女に、ふっと小さくため息をついた。
「別に、何も要らないよ。作るの面倒でしょ。」
「っえー、別に面倒じゃないよ!だって、日頃の感謝を伝えるために作るんだから。」
「……今間接的に伝えてるじゃん。私はあなたに感謝してます、って。」
「いやまあ、それはそーなんだけどさあ。」
ああ言えばこう言う。むすっ、と頬を膨らませて、友人は机の下で足をぶらぶらさせた。机が揺れる。
「言葉で伝えるのも良いけど、物でも伝えたいの!」
「チョコは食べたら消えるし、言葉とそう変わらないでしょ。」
「消えるか消えたいかの話じゃないよ。私が彩芽にあげたいからあげる。」
それだけ!と笑って、彼女は足を揺らすのを止めた。代わりに、ぱくりと大口で菓子パンにかぶりつく。ディベートはおしまい、だからちゃんと答えてね、というところだろうか。
「……じゃあ、すっごい甘いもの以外がいい。生チョコとかは多分……無理。」
「ん!」
くちいいっぱいに頬張ったままに、彼女は親指を立て頷いた。その顔が満面の笑みを浮かべていて、ついでにぼろぼろ砂糖の皮を落とすものだから、思わず笑ってしまった。ああ馬鹿、すぐ拾おうとするな、もっと落ちてくるだろ手元のやつから。メロンパン食べる時は気をつけろって、あんなに言ったのに。
仕方が無いな、なんて言いながら、机の上を片付ける。彼女は慌てながらも、ありがとう、と言って眉を下げた。

人に物をあげることなんて、感謝を伝えることなんて、結局は自己満足にすぎない。友人もそれを知っているけど、その上で私に渡したいと言う。返すも返さないも貰ったものをどうするかも私次第。彼女は「渡す」という行為さえ成せれば良いのだから。
きっとそんなものだ。他人の事を考えているようで、結局は独りよがりだ。
それでも、こんなちいさな自己満足で友人が喜ぶのなら、それはそれで良いのかもしれない。


受け取る事だってきっと、想いをそっと伝えることのできる、贈り物だ。

2/13/2025, 10:42:56 AM