『太陽』
「水、虫除け道具、地図、コンパス、タオル、
菓子……よし、準備万端です。主」
「完璧ですわ、セバスチャン。日焼け止めも
塗りましたし、いつでも行けますわよ」
魔術師から還らずの森の奥地にある
『神秘の泉』へ冒険に行かないかと誘われた
悪役令嬢と執事のセバスチャン。
『蚊やダニやヒルにご用心を。
動きやすい服装で来てください』
機敏性と優雅さを兼ね備えた特注の冒険用
ドレスに身を包む悪役令嬢と、通気性に優れた
スーツで身を固めたセバスチャン。
待ち合わせ場所でご対面した魔術師は、
いつも通りの黒い陰気なローブ姿です。
「その格好で大丈夫なのか」
「見るからに暑苦しいですわ!」
「全身に冷却魔法の薄い膜を張っているので、
何のそのです。さあ、行きましょうか」
森に足を踏み入れる三人。
悪役令嬢たちの暮らすヘザーフィールドと
魔術師の暮らすリルガミンの狭間に広がる
還らずの森は、夏でもどこか鬱蒼としています。
「神秘の泉には妖精や森の動物たち、
運がよければケルピーなども現れますよ」
「この森には珍しい魔物も暮らしているんだな」
セバスチャンと魔術師が話していると突然、
悪役令嬢が森の中を指差しました。
「見てください、ユニコーンがいますわ!」
人前には滅多に姿を見せない幻獣ユニコーン。
太陽を浴びて輝く銀色の身体は、
神々しく幻想的です。
「ユニコーン……初めて見ました」
「くっ、素材が欲しいですが、
今回は我慢しましょう」
道中歩いていると、葉っぱの影から小人たちが
顔を覗かせ、『どこ行くのー?』と三人に
声をかけてきました。
「泉へ行くのですよ」
『案内しようか?』
「遠慮しておく」
丁重にお断りするセバスチャン。
森の住人である小人や妖精は大変いたずら
好きで、安易について行ってはいけません。
長い道のりを経て、一行はようやく泉に到着。
エメラルドグリーンの透き通った泉が太陽の光を
受けて煌めく姿はまさに神秘そのもの。
涼しげな空気が旅の疲れを癒してくれます。
「ここで休憩しましょう」
柔らかな敷物の上に、たまごサンドイッチや
クリームチーズ、オリーブ、生ハムをのせた
カナッペやローストチキンが並べられます。
魔術師はその辺に生えた草を乾燥させ、
沸かした水で即席のお茶を淹れます。
「……毒は入っていないだろうか」
「安心してください。ちゃんと
厳選したものを使っていますから」
「あらこのお茶意外とおいしいですわ」
食事を味わいながら、泉にやってきた鹿や
うさぎ、ピクシーやホビットを観察する三人。
太陽の優しい光と清らかな水の音、
素晴らしい自然の恵みのもと、三人は
冒険を楽しんだのでありましたとさ。
8/6/2024, 6:00:07 PM