真昼の夢
ぼんやりと意識が浮上する。
随分と、懐かしい夢を見ていた気がする。分厚い遮光カーテンの隙間を見逃さず、暗い暗い部屋に差し込む真夏の日差しに起こされたらしい。たった数ミリの隙間から部屋のほとんどを明るく照らす憎たらしい光をにらみあげると、ほろりと両目から涙が零れた。
暖かい、優しい夢だった気がするのにいつの間に泣いていたんだろうか。
「……お兄ちゃん」
エアコンのタイマーが切れてから随分と経つらしい、酷く蒸し暑くて酷く籠った部屋に掠れた自分の声が落ちていく。そういえば、こんな声だったっけ。夢の中の自分は、もう少しだけ……。
カーテンを締めようと立ち上がるとぐにゃりと何か生暖かい液体の様なものを踏んだ感触がした。遠い遠いいつか感じたことのあった様なその不快な感触に、視線を落とす。
真夏の強い日差しを浴びて、酷く鮮やかに光る血溜まりがそこにあった。この色を、この感触を、この光景を、僕は覚えている。
目の前には、あの頃の僕よりずっと大きくて今の僕よりずっと小さい兄の背中が見える。兄の綺麗な色素の薄い柔らかな髪も、白い頬も服も足も全部がどす黒い血の色に染まっていた。
今の僕より少し高い、喉が潰れて掠れたあの日の僕の声で兄を呼ぶ。そうすると目の前に背を向けて立っていた兄が振り向いて僕を安心させるみたいに笑うのだ。
暖かくて優しくて柔らかくて幸せなあの日の夢をみたんだったっけ。もう一度見下ろした床にもうあの血溜まりは見当たらない。夢に引っ張られて幻覚を見ていたらしい。くだらない、とあの時よりずっと成長した足で血溜まりのあたりを踏み抜いてカーテンをぴっちりとしめなおした。
7/16/2025, 11:27:16 AM