87.『センチメタル・ジャーニー』『答えは、まだ』『靴紐』
靴紐が好きだ。
世界で一番靴紐が好きだ。
好きで好きでたまらなくて、一時たりとも離れたくない。
外出している時はもちろんのこと、室内にいる時も靴から外して、常に身に着けている。
毎日よく洗い、寝る時も腕に巻き付けて眠っている。
俺たちは運命共同体。
俺の人生は靴紐と共にあり、靴紐のためにある。
命よりも大切な物、それが靴紐だ。
以前、付き合っていた彼女に言われたことがある。
「私と靴紐、どっちが大事なの?」
俺は答えた。
「靴紐」
フラレた。
納得いかなかった。
彼女は、俺が靴紐愛好家だと知って付き合っていた。
なのに、なにかにつけて靴紐を下に見るような発言をし、靴紐の肩を持つと機嫌が悪くなる。
意味が分からない。
そんな彼女に辟易していたが、自分から別れを切り出すなんて、考えもしなかった。
彼女は、世界で二番目に大切だったものだからだ。
だからこそ、フラれたことは自分にとってショックだった。
フラれてからは、魂が抜けたように無気力になった。
仕事も手に付かず、心の中はずっと彼女の事ばかり。
何を間違えたのだろうと、自責の念に駆られていた。
そんな自分を見かねてか、同僚が『有休を取って傷心旅行に出ると良い』と言った。
何もする気が起きなかった自分は、同僚の言葉に従い、旅に出ることにした。
同僚が貸してくれた『センチメタル・ジャーニー』を聞きながら、電車に揺られてあちこちを旅した。
だが旅は過酷だった。
心を休めるどころか、一秒たりとも気の抜けない旅であった。
もしも靴紐がいなかったら、俺は10回ほど死んでるだろう。
罠だらけの古代遺跡。
本でしか読んだことのない、ゴブリンの巣。
理解できない技術で作られた未来都市。
刺激的で、退屈しない旅……
心が癒えたとは言い難いが、少なくとも彼女のことは気にならなくなった。
そして傷心旅行3か月目、空飛ぶ城から脱出して大地に降り立った時のこと。
唐突に空が暗くなり驚いて見上げると、そこには未確認飛行物体――UFOがあった。
そしてUFOが目の前に着陸したかと思うと、その中から宇宙人が出てきた。
「我々は宇宙人だ。
地球を征服しに来た」
なんてことだ。
今までもとんでもない事に巻き込まれた自分であるが、まさか宇宙人がやって来るとは……
突然の事態に呆然としていると、宇宙人がこちらを見た。
「だが、我々も無慈悲ではない。
お前が持っている靴紐を献上すれば、世界征服は諦める。
まさか迷うことはないよな。
世界と靴紐、どっちが大切だ?」
僕は答えた。
「靴紐」
宇宙人はブチギレた。
「よし、世界征服の手始めにお前を殺そう」
宇宙人は、子供向けの漫画でしか見たことないような光線銃をこちらに向ける。
そして宇宙人が引き金を引こうとした、まさにその瞬間、奇跡が起こった。
靴に結ばれた靴紐がほどけ、シュルシュルと伸び、宇宙人に巻き付いたのだ。
右足の靴紐と左足の靴紐、二本の靴紐が次々に宇宙人たちを締め上げていき、あっというまに宇宙人を制圧してしまった。
地球は救われたのだ。
辺りが静かになった後、靴紐は頭(?)をこちらに向けた。
「ご主人様、ご無事で?」
「マスター、ご無事で?」
二本の靴紐がしゃべった。
とてつもなく驚いたが、自分に恐怖は無かった。
なぜならば、そこにいるのは愛すべき靴紐だからだ。
「ありがとう、助かったよ」
「いいえ、滅相もありません。
ご主人様が無事のためなら何でもします」
「私たちがこうして動けるのは、ひとえにごマスターの愛のおかげ。
マスターには、返しきれない恩があります」
二本の靴紐が、交互に話しかけてくる。
愛する靴紐たちと、いつの日か言葉を交わすことが出来ないだろうか……
そんな事を夢想する日々だったが、まさか夢が叶う日が来ようとは。
幸せのあまり死にそうだった。
「ご主人様、どうしても最初に聞きたいことがあるのです」
「マスター、これは取るに足らない質問と思われるかもしれませんが、私たちにとっては大切な質問です」
幸せに浸っていると、二本の靴紐が話し始めた。
なんだろうと、姿勢を正して聞く
「ご主人様、私たちの今後を左右する重大な質問です」
「マスター、どうか誤魔化さずに素直におっしゃってください」
「ああ、分かった。
何でも聞いてくれ」
そして二本の靴紐は頷くと、声を揃えて聞いてきた。
「「右足の靴紐と、左足の靴紐。
どっちが好き?」」
答えは、まだ出ていない。
おしまい
9/22/2025, 3:06:10 PM