かたいなか

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「まず1回、その日のお題のハナシ投稿するじゃん」
パリパリパリ。某所在住物書きは己の自室で、ポテチをかじり窓の外を見た。
「バチクソ悩んで投稿すんの。もっと良いネタ書けるんじゃねーのとか、もっと別の切り口とか角度とかあるんじゃねーのとか考えてさ。
長いこと修正して削除して追加して、新規で書き直して。それから投稿すんのに、終わった後で『こっちの方がイイんじゃね?』ってネタがポンと浮かぶの」
俺だけかな。皆一度は経験してんのかな。物書きは首を傾け、ため息を吐く。
窓越しに見えた景色は心なしか、気だるげであった。
「ドチャクソ時間かけて頑張ったハナシより、その後パッと出てスラスラ書いたハナシの方が良く見える現象、なんなんだろな……」

――――――

「先輩どうしたの。指なんか組んで」
「『狐の窓』だ」
「どゆこと」
「私のような捻くれ者に、懲りもせず引っ付いてくる。そんなお前の本性が、これで見えやしないかと」

今日で、1年の半分が終わったらしい。
例の呟きアプリがぐっちゃぐちゃの大惨事になってて、ろくにTLサーフィンもできないから、
昨日に引き続き、雪国の田舎出身っていう職場の先輩のアパートに、ちょっと時間を潰しに行った。
先輩の部屋は家具が少ない。かわりに堅っ苦しい本と、ひとつだけの底面給水鉢と、低糖質低塩分の手作りスイーツにお茶がある。
仕事の手伝いをすれば、あるいは材料費とか手間賃とか食材とか渡せば、先輩はスイーツとお茶を、たまにお昼ごはんや晩ごはんも、分けてくれる。
なにより防音防振の部屋だから、とっても静かだ。

「窓なら、私に向けないと見えなくない?」
「そうだな」
「見ないの?」
「見なくたってお前がアイスティーにシロップ4個入れたのは分かる」

「ゼロカロリー万歳」
「適量にしておけ」

明日使う資料を作って、誤字脱字の確認を手伝って、今日の手伝いはそれで終わり。
お礼に貰ったのは、小麦ブランのチョコクッキーと、オーツブランのアーモンドクッキー。それから台湾茶の茶葉で作ったアイスのモロッカン風ミントティー。
砂糖を入れて飲むんだって。
「……やはり分からない」
先輩は優秀だから、ひとりで仕事をパッパとこなせる。それを、ゴマスリと仕事の丸投げに定評があるゴマスリ係長に学習されちゃって、毎度毎度仕事を押し付けられてる。
私が居なくたって、先輩はその大量の仕事を、顔色ひとつ変えず捌いてしまう。それは知ってるけど、私が何か手伝うことで、先輩の負担が少しでも、減ったら良いな、とか。ちょっと思う。
「私より優しいやつも、面白いやつも、楽しいやつも。いくらだって居るだろうに」

「それは先輩の解釈でしょ?」
先輩は相変わらず、指と指を組んで、人さし指と中指の隙間から、私でも自分でもなく、どこかを見てる。
「私は先輩のこと、一番お人好しで真面目で、誠実だと思ってるし。引っ付いてて落ち着くけど」
ちょっとイタズラして、先輩の手首をとって指の隙間を――狐の窓とかいうのを私に向けると、つられて、先輩の顔がこっちに向いた。
「どう?見えた?先輩の言ってる『本性』とやら?」
狐の窓越しに見えた先輩は、キョトンとしてて、もしくは大型犬が驚いて思考停止してるみたいで、
ちょっと、かわいかった。

7/2/2023, 6:05:37 AM