朱廼戯

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19歳、兄の車のドアをガードレールにぶつけた。

夜中で暗かった。隣の兄がうるさかった。カーブがきつかった。



免許、取ったばかりだった。


兄はいつも私に激しく絡んで、いたずらに怯えさせたが、私はどうにも兄から離れられずにいた。
兄は破天荒でおかしくて、理解不能なのに、時々とても嬉しそうに私に構って、家族として愛した。

たまたま視線があっただけで、生意気な目つきだと怒られたあの日
兄の顔は猛獣のようにギラついていた。
脈絡なく好きだろ、とチョコレートを投げ渡してきたあの日
兄の顔は私のありがとうと嬉しいを確信している、得意げな笑顔だった。


父と母に捨てられないように、正しさを追いかける私を置いてけぼりにして、兄は力強く周りを壊して己を貫いた。

私のことも壊した。
首を絞めて、壊した。

動物社会の王みたいに、恐れ知らずに暴れる姿は力強くてバイオレンスで
また誰もが持つ悪意を、当たり前のようにさらけだして傷付けても傷付かない。

でも兄は生粋のエンターテイナーでもあった。
いつも彼の周りには人が絶えず、笑い声で満ちた。
問題を起こしてどれほど最悪な人間と嫌われても、全てわかったうえで2、3人の人間は、兄を拾い上げた。
厳しく愛して背中を押す、まるで親のような情を、兄はその2、3人から引き出して、ふと気がつくと人の輪の真ん中に再び立っている。

でも繰り返しでしかなかった。
兄は何度でも問題を起こして、起こして起こして起こして起こして起こして起こして起こして起こして起こして起こして起こして起こして、

そうして、少しだけ落ち着いた。


あの夜、車貸してやるから行こうぜ、と兄は笑った。
自分で買った車を、兄は躊躇なく私に貸した。

下手なら笑ってやるよと馬鹿にして、実際ずっと文句ばかり言うのに、隣に乗って私を見てた。

目の前にガードレールが迫って、その時止まれば間に合ったかもしれないのに、止まれなかった。
ブレーキの存在はわかるのに、アクセルを踏む足がそこから隣へと動けずに、ハンドルを回せば避けられるような、まだ間に合うような、そんな気で、
ほんとはもうだめそうなのも、わかってたよう、な、



後部座席のドアが、内側にボッコリと凹んだ。


私は兄が憤慨すると思った。頭の中の兄はもう憤慨して罵倒まで始めていた。


それなのになぜか、この夜の兄は、大丈夫だと言ってただ大きく笑ってみせた。
修理代も請求しないと言い、また貸してやるとすら口にしたのだ。

仮に大丈夫と言ってお金まで負担するなら、罵倒や叱責も必ずあるだろう、あって当然だと謝罪しながら泣く私に、兄はこの夜だけはいつまででも味方でいてくれた。


修理代を出すと何度いっても、良いの一点張りで、結局受け取ってくれなかった。


この夜が明けたら、兄は相変わらず私をあらゆる方向性からいびり始める。車の破損も責めてくる。
だけど私からお金を受け取らない。


兄はきっと心配なのだ。弱くて不甲斐ない私のことが。


だから私、もう大丈夫だよって伝わるように、修理代を渡すならどうすればいいか考えて思いついた。

初任給から返そう。兄はどう言っても良い、良いと頑なだから、私だけは未来の私と、そう約束する。

もう大丈夫だよ、私は一人でも生きていけるんだよと兄に示すため。



「約束」

3/5/2025, 7:53:27 PM