高木いずみ

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【いつまでも捨てれないもの】

陽光が差し込む静かなカフェで、ナオは一つの古びた懐中時計を手にしていた。それは、彼女の祖父が遺したもので、長い年月の間にすっかり錆びついてしまっていた。

ナオは時計をじっと見つめながら、過去の記憶を辿っていた。祖父が語っていた言葉が今でも耳に残っている。「輝くものが価値があるわけではない。いつまでも捨てられないものが、本当の価値を持つんだ」と。

その時計は、祖父がいつも大事に持っていたもので、ナオが子どものころから何度も見ていた。動かない針、古びたガラス。誰もが捨ててしまうだろうと考えるその時計が、ナオにとっては特別な意味を持っていた。

祖父は亡くなり、ナオはその時計を受け継いだ。最初は価値が分からず、ただの古道具として片隅に置いていたが、ある晩、夢の中で祖父が現れた。優しい目でナオを見つめ、「この時計が示すのは、時間そのものじゃない。大切なのは、時を共に過ごした思い出だ」と語りかけた。

その夢を見てからというもの、ナオは時計に対する思いが変わった。見た目が朽ち果てていようとも、その時計は彼女の過去を繋ぐ大切な存在だと感じるようになった。時計を取り巻く古びた空気が、ナオの心を温め、祖父との絆を再確認させてくれるのだった。

彼女は時計をそっとテーブルに戻し、店員が持ってきた紅茶を一口すする。その瞬間、ナオは理解した。輝くものや新しいものが必ずしも価値があるわけではない。大切なのは、長い時間を共に過ごし、捨てられない思い出が宿るものだということ。

ナオは静かに微笑んだ。外の景色がどれほど輝いても、彼女の心には、時を経た古びた時計が、何よりも大切な光を放っているのだった。

8/18/2024, 8:11:28 AM