不整脈

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もう、ここにはいられない。

薄くなった日記帳の角に指をかけて、
次のページを破らないように、そっと閉じる。
今日という日が、重たすぎて
胸の中で押し花になってしまう前に。

誰かが言った、
飛ぶには、羽根じゃなくて理由がいるのって。
だけど私の理由は、
いつも地面に縫いつけられたままだった。

でもあの夜、
ホコリがこびり付いた街燈の下で
影が私に手を差し伸べてくれた。
明減する明かりの中で、
小さな声が耳元で囁いた。

飛べ。

人も、住処も、明日も置いて。
ただ、ここを離れて。
誰にも見えない高さで、風を掴んで。

羽ばたき方なんて知らなくてもいい。
夜が。暗闇が。すべてを塗りつぶしてくれる。
誰も、私が飛んだことに気づかないくらいに。

そして私は、ひとつ息を吸いこむ。
腐敗物みたいで、ぐずぐずで、
蟻がたかっているような過去を背にして、
透明な夜空に足をかけた。

飛んだ。
わたしの「はじまり」のために。

私の姿はどんどん小さくなって、
わたしの視界は広くなっていった。

7/19/2025, 1:01:33 PM