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 馬車を降りた足で向かうのは長い付き合いの友人宅。白い手袋に覆った手でノッカーを叩くと、そう待つこともなく出迎えられた。
「ようこそ、今日を心待ちにしていたわ。わたくしのパンジーさん」
「ご機嫌よう、わたくしのビオラ」
 二人のあいだだけの愛称で呼び合って、笑み交わしながら招かれる手に従って邸宅に入る。
 月の第一木曜日と第四月曜日の十四時はアトホームの時間として、この邸宅での心穏やかな時間を過ごす。
 ただし通されるのはドローイングルームではなく、小さな温室だ。
 小さな温室はこの国には珍しい植物も植木鉢に収まって育てられている。木々や草花に囲まれた中心にティーセットが用意されたテーブルがあり、入り口のすぐ傍らに用意されたコートハンガーに帽子と上着を預けて、中央のテーブルに着く。
 月にたった二回だけの彼女とのアトホームの時間。
 けれどアトホームのマナーを破ったふたりきりの時間。
「今日は良い茶葉を用意できたの。香りが蜜のように甘くて、味はワインように芳醇よ。パンジーのために取っておいたの」
「楽しみだわ。ビオラのスコーンも待ち遠しかったのよ」
「わたくしも、パンジーさんとの時間が早く来てほしいと思っていたわ」
 手袋を脱ぎ、テーブルに置いて彼女が用意するお茶を待つ。その間の他愛のない会話に、胸が苦しくなる。
 お互いに会いたかったと言葉にしても、誰にも親しい仲だと言っても、こうして特別なアトホームを月に二回行う仲だとしても肝心な言葉は、わたくしたちの心を口にすることはない。
「さあどうぞ、パンジー」
「いただきますわ、ビオラ」
 テーブルの下で靴先を触れ合わせながら、持ち上げたティーカップをゆるやかに傾ける。
 とろりと甘い甘い蜜の香りが飲みながら、まるで自身の心を飲んでいるような心地になった。
 甘くて、豊かなのに、絡まるのを恐れるように流れていく。
「素敵な香りと味ね。ビオラが用意してくれるお茶はいつも美味しいけれど、今日は格別だわ」
「喜んでもらえて嬉しいわ。パンジーのことを想いながら選んだのよ」
 綺麗に紅を乗せた唇を持ち上げて浮かべる微笑みは、とてもとても愛らしい表情をしていて、触れ合っている靴先から熱をじわりと点されるようだった。

#My Heart

3/27/2023, 5:23:51 PM