ドルニエ

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 来月も、再来月も、半年後も、1年後も、十年後も、四半世紀後も。そしてできれば死んでもなお、ずっとずっと。そんなことを思うことはない。人の気持ちは変わる。変わるから終わる。プラスの気持ちばかりじゃない。軽蔑も嫌悪も憎しみも、どこかで絶える。許せる。終えられる。そんなことを歩きながら考える。
 目の前を歩く銀髪の剣士の後頭部を眺めながら、周囲に不穏な気配がないか耳をすます。
 あのひとは隊列のずっと後ろを歩いているはずだ。休憩の時には会えることが分かっているから、そんなに苦しくない。
「おい、どうだ?」
 そう、こちらを見ることなく剣士が問う。この場合、危険が近くに感じられないか、という意味だ。
「今のところは。ヨルンさんはどうです?」
「いや、俺も同じだ」
 俺は黙ってうなずく。この人が言うのだから、それは信用していいのだと思う。ひとりで盗餓人狩りの旅をしてきた彼の感覚の鋭さは並外れている。
「お前の感覚も相当なものだと思うが。どこでそれだけ鍛えてきたんだ?」
“仕事中”にこういった会話をするのは、この人には珍しいことだと思う。少し、余裕のあるのが分かったからなのだろうか。
「俺は襲う側の見張りでした。見てのとおりの体ですから、それくらいはやれと言われて」
「ふむ」
「他に食べていく手があったらどうか、とかを考えられるところじゃありませんでした。そういう意味では、俺もあなたの獲物なのかもしれません」
「――」
 前を向いたまま、ヨルンさんは黙った。
「どうです?怪しい気配はしますか?」
 話が終わったと思って“仕事”に戻ろうとする。
「お前は盗餓人じゃない。壊れていない。だから俺の領分じゃない。お前がいつまでここにいるつもりか分からないが、お前のその感覚はここで役立っている。違うか?」
 相変わらず前に注意を向けたまま、彼は抑揚なく言った。特に庇いだてをしないのが彼らしいと思う。
「俺は――」
 明日も、明後日も、来月も、再来月も、できるかぎりあのひとのそばにいたい。
 でも、気持ちは変わる。冷める。ポジティブな気持ちも、ネガティブな気持ちも。だから人は再び前を向ける。許せる。ただ。
 俺は、あのひとのそばにいたいのだ。
「喉、渇きませんか?」
 そう言って提げていた水筒を手にすると、ヨルンさんは貰う、冷やさなくていい、そう言って手だけこちらに伸ばした。
「どうぞ」
 そう言って水筒を渡すと、ヨルンさんは栓を抜いてひと口だけ飲んで、すぐに返してくれる。
「お前を裁くのはお前だ。それができなくなったら、もしかしたらそのときは俺の仕事になるかもしれないな」
「――」
「そうならないことを祈っている」
 少しだけこちらを向いてヨルンさんはそう言うと、再び前を向いた。
「が、心配はいらないか。あの女がいる分には」
「へへ」
 くすぐったくなって俺が笑うと、ヨルンさんは肩をすくめた。
「――と、いますね」
「ん、そうらしいな。支援を頼む」
 ヨルンさんはそう言って剣を抜いた。集団の前に緊張が走り、それは後方へと伝播していった。
 今日も、明日も、明後日も。俺はあのひとのそばにいるために。
 大きく息を吸うと、俺は思いきり指笛を吹いた。

2/4/2024, 12:43:28 AM