一尾(いっぽ)in 仮住まい

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→短編・さかな馬鹿

 僕は偏見の少ない人間だと思い込んでいた。それを思い上がりだと知るきっかけになったのは、彼のおかげだ。
「こんばんは、逆サマ〜」
 水槽の中、流木の下から彼が姿を現した。お腹を上にして泳ぎながら、僕に擦り寄るように水槽の際までやってくる。
「ホント、面白いよなぁ、お前」
 彼の品種はサカサナマズ。だから名前は逆サマ。
 ホームセンターの熱帯魚売場でお腹を見せて泳ぐ姿に、「死にかけか?」と思わず二度見したことが、僕が彼をお迎えする縁になった。
「エサの時間だぞ〜」
 水槽にフードを撒いてやると、逆サマは逆さまのままちょこちょことついばんだ。
 まさかこれが通常の状態だったなんてなぁ〜。すべての魚が腹を上にしていたら死ぬ間際、ってある意味バイアスのかかった状態だよな。
 自分の知識や見識など自然の前では微々たるもので、世界は広いのだ。
「あっ、逆サマ、底にエサが落ちてるぞ〜」
 僕の声を聞いたわけではないだろうけど、逆サマは水槽の底まで泳ぐと、くるりと半回転して背を上に腹を下にエサを食べ始めた。よく見る魚の泳ぎ方。底を漁るときはこの姿になる。
「食いしん坊め!」
 ちょうどその時、僕が水槽をチョンと突いたのと、エサを食べ終わった逆サマが腹を上にするタイミングが重なった。
 ちょっ、逆サマ! 銃で撃たれて死んだフリっぽい! めっちゃかわいい! 動画撮っときゃ良かった!

テーマ; 逆さま

12/7/2024, 9:04:15 AM