『泣かないで』2023.11.30
「泣かないで、プリンセス。お星さまがこぼれてしまうよ」
いまどきホストも言わないような、そんな甘い言葉が聞こえてきた。
仲間の奥さんが、かつて女性を魅了する役者であったことは知っていたし、五歳になる一人娘とお姫様ごっこをしていることは聞いてはいたが、こうして実際に現場を見ると気恥ずかしくなってしまう。
対する彼はいつものことのように、しれっとしていて酒を注いでくれた。
「俺の奥さんは王子様やけんね」
ヘラヘラ笑って彼は焼酎を飲んだ。
「キザなんてもんじゃないですね」
これが男役の本気か、と痛感し注いでもらった酒を飲んだ。
おでこをぶつけて泣いていた「プリンセス」は、カッコイイ「王子様」になぐさめられて、すっかり笑顔になった。彼女が泣き止んだことを確認すると、とたんに「ママ」の顔になり、ぶつけて少し赤くなったおでこを撫でている。
「お姫様ごっこ見てる分には楽しいっちゃけど、王子様みたいなセリフは俺には言えん」
などと彼は照れたように言っているが、舞台上ではその整った顔で観客を魅了している。
「自分が泣いたら、どっちがなぐさめてくれるんでしょうね」
なんとなしにそう呟けば、彼はしばらく考えて、
「そりゃお前、うちのプリンセスに決まっとろうが」
と当たり前のように言った。
11/30/2023, 1:31:42 PM