『君の奏でる音楽』
気が付くと、君の音を奏でてる。
物心ついた時には、もう私の隣には君がいた。そんな気がする程、私と君はずっと一緒だった。幼稚園も、小学校も、中学校も。だから高校生になったら、放課後制服を着たまま隣町まで出かけていって、一緒に可愛いクレープなんか食べに行くんだって、疑いもしてなかった。
教室の窓の向こうをぼんやりと見詰める。校庭に沿って植えられた桜はふっくらと色づいて、私たちの旅立ちを見送っているかのように見えた。その下で胸元に花を咲かせた同級生達が、桜をバックに笑って写真を撮っている。
~~~~♪
最近よくCMで流れてくる曲だ。でも、音程がちょっと外れてる。そう、これは君の鼻歌。君はちょっぴり音痴だから、どんなに有名な曲でも歌うとちょっとだけ音を外してしまうんだ。昔から変わらない、君の癖。
…ごめんね。話したいことがある、なんて呼びつけておいて、当の私はずっとぼんやり窓の向こうを眺めたまま、今も何も言えないでいる。だからこの鼻歌は、きっと君からのメッセージ。
大丈夫。
焦らなくて良いよ。
貴方が話したいときに話して欲しい。
…それくらい分かるよ。だって、ずっと一緒だったんだもん。私はこのちょっと音の外れた鼻歌を聴くのが好きだ。この鼻歌みたいに優しい君が大好き。
歌に背中を押されるようにして、教室を振り返る。目の前には、桜みたいにやわらかく笑う君。
「私、遠くに引っ越すの。」
ああ ──── やっと言えた。
君がいない街で暮らすようになってからも、君との親好は変わらなかった。だってこんな時代だ。LINEもあるし、ネットに繋げばゲームだって一緒に出来ちゃう。
でも時々、空っぽになった隣がどうしようもなく寂しいときはやっぱりあって。…そんなときは、気が付くと君の音を奏でてる。新しくできた友達には、音外れてるじゃんなんて、笑われちゃうけど。でも、この音でいいんだ。
私の大好きな君の奏でる音だもの。
8/12/2024, 1:15:16 PM