サンザカ カイリ

Open App

全身に穴を開けるような大雨の中、タオルを頭巾のように被り、顎の下で力を入れて抓む。大した雨よけにはならないだろうけど、野ざらしで走るより幾分かはマシだ。
一歩を踏み出す度、ランニングシューズの隙間から泥水が染み渡る。汚れきった液体を飲み干した靴下が、膿んだ傷口のようにじゅくじゅくと不快な感触を生み出していた。
汗と汚水が混ざり合いながら全身の皮膚に纏わりついていく。張り付いたワイシャツを空いた手で引き剥がしながら少しでも体に風を当てて、湿気から逃れようとした。

長い通学路を走りきった頃には、服を着たまま海に飛び込んだような姿になっていた。
被っていたタオルを絞り、少しでもアパート内を濡らさぬように全身の水分を拭き取ると、足早にエレベータに向かい、上に向いた矢印を押す。目の前まで下降してくるのを待ちながら、タオルの編み目を逃れた水滴がスカートから滴り落ち、乾いた廊下を暗い灰色に染めるのを眺めていた。

アパートの階数を表示している、1から5までの数字がゆっくりと一つずつ数えられていく。全てを数えきると満足したように扉が静かに開いた。
狭い空間から踏み出すと、先ほどまで自分が描いていたものと同じ跡が床に染み出していた。
何となしにその後を視線で追いながら、自室のドアに向かうが、忽ち強烈な違和感が胸の奥をわしづかむ。
自身が持っている鍵が開くことができる扉より先は、何も描かれていなかったのだ。
内側から剣山を押し当てられたように全身の皮膚がぶつぶつと盛り上がる。
チャリッと音を鳴らして左手に持っていた鍵を差し込みゆっくりと回す。そこには毎日あるはずの硬い抵抗感が無かった。
脳の隅に追いやられていた「自分が忘れただけかもしれない」という可能性に縋りつきながらノブを回す。
激しい雨音に掻き消される程静かに慎重に扉を開く。
中を覗き込もうとした途端、影のような手が漏れ出し部屋の中に引きずり込まれた。

巨木のような影がその存在を押し付けるように私を抱え込んだ。
「な、なんでいるの…?」震える声を必死に押さえながら聞く。
「会いたかったんだよ」
耳鳴りが響くほどの静寂の中、答えのようで違う言葉の意味を教えるように、背中に回された腕から鍵の音によく似たチャリッという音が耳を貫いた。

お題:君に会いたくて

1/20/2026, 4:57:41 AM