旅舟

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題名『介護生活』
(裏テーマ・後悔)


 昔、テレビドラマで主人公の先生が生徒に言ってた。
「後悔してるのか、中途半端に努力もしないでダラダラ生きてるからだ。一生懸命に生きろ、後悔しない人生にしろ!」
 先生も生徒も泣いてた。つられて私も泣いた。
 そして思った。
 努力しないから後悔して辛いのかってね。
 だから私は全力で介護した。
 祖父母に両親と私の人生は介護だらけ。

 そしてみんな死んじゃった。
 私は今なぜだか後悔だらけです。
 なんで?
 一生懸命に努力して生きてなかったって言うの?

 気づけば私ももう年金をもらっている
 今はパートもして暮らしてる。
 介護ばかりで何もない人生だ。
 もちろん若い頃は恋もした。結婚を考えた人もいる。でも後悔したくなかったから家族を選んだ。
 それを本当は後悔してるのかもしれない。

 実はヘルパーの資格があったので年齢は気になったけど訪問介護の仕事に思い切って応募した。採用された。
 長い家族の介護をしてきたので経験が活かせるとも思った。年齢からくる疲れは心配したけど後悔したくなかったから。

 そこでの経験は新鮮だった。
 主には自宅で療養してる利用者さんを清潔にしてあげることが多いのですが、いろんな家に行くといろんな家庭があることが分かる。何も事件?のない家はなかった。
 特に利用者さんがボケていないと淋しさからいろいろ家庭の秘密を教えてくれた。大抵は家族の悪口だった。
 私の家族も私のいない所では私の悪口を言っていたんだろうと確信してた。

 ある裕福そうな家の高泉繁子さんという高齢の女性は余命が少なかった。それでもご主人の悪口は辛辣だった。
 認知が進み、今はそういう方の多い施設にそのおばあさんに言わせれば押し込んでいるらしい。

 どうも写真が原因で大喧嘩をしたらしい。ご主人がひどくボケるまえで認知症がわかってからすぐの頃、ある昔の1枚の写真ばかり見てるから何かって聞いて見せてって言っても無視したらしい。
 腹が立って、捨ててやろろうと思って探したことがあって、そしたら見つかって夫婦になって初めて大声で怒られて頬まで叩かれたそうで、何年立っても怒りが収まらないようでした。

 お嫁さんがあとでこっそり教えてくれたのは、その写真は義母と結婚する前の義父と当時付き合っていた恋人との写真だったみたい。認知症ですべて忘れると思った時に妻には悪いけどどうしても忘れたくないと思うのは写真の頃の自分で、今でも後悔してるって言われてたらしい。でも義母とも幸せだったので結婚生活には後悔はないって言っていたらしい。
 そして教えてもらって初めて気づいた。
 義父はこの家の婿養子でだから義母がこの家で一番威張っていることもお嫁さんから聞いた。

 ある日、訪問介護の新人の成瀬をその利用者さんに紹介したら、またご主人の悪口になり、ご主人の旧姓が成瀬翔琉、なるせかける
…と教えてもらった。

 それから3ヶ月後にその高齢の女性は亡くなられた。

 それから半年後に私は別の施設で働くことになっていた。
 認知症の方を多く面倒見てる施設です。

 その中に認知症がかなり進んだ高齢の男性がいた。いつも写真を持っていて離さないのでスタッフがとても困っていた。

「ねぇ、写真を見せてー、素敵な女性ね」
「はい」
 嬉しそうにニヤリと笑った。
「お名前は?」
「高林さなえちゃん」
 大きな声で言ったあと首を大きくひねった。
「白川雪乃じゃない?」
 嬉しそうにコクリとうなづいた。
「好きだったの?」
 少年のように照れて頭を搔いていた。

 先輩のスタッフが私を見つけて大声で言った。
「紹介するの忘れていたけど、あそこに立っているのは今日から此処で働くことになった新人の白川雪乃さんです。みなさん優しくしてあげてねー、そんから白川、そばにいるんなら高泉翔琉さんはこれから入浴だからお風呂の方に連れてって」

 そう、私たちは数十年ぶりに再会した。
 
 いっぱい後悔はある。
 でも、私たちは頑張って懸命に生きた。
 後悔はあってもやり直したいとは思わない。
 ただひとつ。
 後悔すると思う…生き方だけは選択したくない。
 これからは。
 あなたのそばにいたかった。

5/15/2024, 8:50:14 PM