夢が醒める前に
白い光の奥、花の舞う野原に立つ人影があなただとわかったのはすぐだった。
風になびく艶やかな髪に、あなたがいつもつけていた翠のリボンの髪飾りが揺れる。
「ねえ待って───」
お願い、どうかまだ消えてしまわないで。
まだ何も話していない、何一つ伝えられていない。
夢だと気がついてしまったから、こんなにもすぐにお別れをしなきゃいけないなんて。
さよならをするぐらいならいっそ、夢のままでいい。醒めないままでいてほしい。
ねえ、覚えてる?
あなたはずっと一人だった私にお花の冠を作って頭にかぶせてくれた。
四つ葉のクローバーとシロツメクサと変なお花。
あなたがあまりにも真剣に走り回ってお花をつむものだから私、その姿をずっと見つめてた。
なにしてるんだろうって、木陰に座ってね。
あなたは屈託のない笑みを浮かべながら走り寄ってきて、私の前にお花の冠を差し出した。
「これ、あなたに!とてもきれいでしょう?」
本当に嬉しかった。
今でもあのときの無邪気な笑顔が思い浮かぶの。
あなたの髪はいつも翠のリボンが飾っていたから、私は冠ではなくてお花のネックレスを作った。
あなたにはどんなお花が似合うか考えながら。
きっとどんなものも似合ってしまうんだろうけれど。
私が首にかけてあげたお花のネックレスを見て、あなたはとても喜んでくれた。
緩やかにカールしている赤茶色の髪にネモフィラの水色がよく似合っていた。
あなたの消え入るような透明感が美しくて、儚くて、私はいつかあなたがどこかへ行ってしまうような気がしていた。
悔しいけれど、その予感は的中してしまった。
一緒に過ごした野原にも、お気に入りだった湖のベンチにも、あなたの姿はなかった。
もうずっと会えていない。
「もうどこにも行かないで、そばにいて…」
自分でも我儘だとわかっていた。私はあなたの手を取った。
「私ずっと後悔しているの。あなたに出会えて、私を見つけ出してくれて、本当に嬉しかった。私は自分の気持ちを言葉にするのが下手だから、きっとずっと伝えられなかった。ありがとうも、ごめんなさいも愛してるも全部。本当にごめんなさい。もうあなたには会えないかもしれない、それでも言わせて欲しいの、愛してる───」
「夢が醒める前に、私をどうかもう一度見つけ出して…」
そんな叶わない願いをして、あなたを抱きしめた。
あなたの優しい匂いがした、
あなたの柔らかい髪が頬を撫でた、
あなたの温度に触れた、
あなたの声がした───
「夢じゃないよ。私、ここにいるじゃない。」
瞑っていた目をそっと開けるとそこには、あのときと変わらない無邪気な笑顔のあなたがいた。
私は長い夢を見ていたようだった。
胸に咲いていたネモフィラはもう枯れてしまっていたけれど、それでも。
「やっぱり、なんでも似合っちゃうのね。」
私はあなたを強く抱きしめた。
3/20/2024, 12:36:54 PM