Mey

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「うおっ!」
幼馴染の踵には靴擦れ。
俺の顔を見て、沙希は「大丈夫だよ」と嘯く。

俺に何でもないフリなんかするな。
未だ、ヘラヘラと笑う沙希に何故かムカついた。

はぁ、とため息を吐いて、怒りを逃す。
アンガーマネジメント。確か6秒。


沙希をよく観察する。
申し訳なさを全身で訴えて小さくなっている幼馴染。
責めたところで、悲しませるだけだ。
思考は落ち着き、俺は小さな頭にポンと手を乗せた。

沙希が上目遣いで俺をそっと見上げた。

そう言えば昔は言いたいこと、やりたいこと、やりたくないことをたくさん言われたのに、いつから沙希は「大丈夫だよ」と言うようになってしまったんだろう。


沙希が鞄の中のポーチを漁る。
いつから入っているんだか。
シワだらけの絆創膏を1つ見つけて、沙希が恥ずかしそうに笑った。

「貼ってやるよ」
遠慮されたけど奪い取り、靴擦れに貼る。
痛々しい傷は目を背けたくなる。
だけど白くて肌理の細かい脚や締まった細い脚首に急にオンナを感じて、胸がドキッと熱くなった。

「ありがとう」
「ん。…なぁ。昔は何でも言ってきたじゃん。何で、何でもないフリするようになった?」

沙希を見つめる。
フイっと視線を外され、「そういうとこなんだけど」と強めに言った。

「俺さ。沙希に色々我儘を言われるの、面倒くせぇって思いながら、殆ど叶えてやってたような気がする。
それで、いつの間にか言われなくなって、面倒なことはなくなったけど…なんか、幼馴染じゃなくなったみたいな気がしてた」
「祐樹」
「俺さ…沙希の特別でいたいのかもしれない」


沙希は目を見開いて驚いている。
あまりにも沈黙が長い。
「なんか言え」と頬をぶにっと摘んだ。
柔らかくてもちもちとして、自分の顔とは全然違う感触に心臓が跳ねる。

「あ…私…、祐樹に迷惑をかけちゃいけないって…
祐樹、モテるから、私なんかがウロウロしちゃいけないと思って…」
「なんだそれ。俺と沙希が幼馴染なのは変えられない事実だろ。気にして縮こまる必要なんて全くねーよ」


沙希はまだ、踏ん切りがつかないらしい。
どう言ったら伝わるのか。
何でもないフリをするなって。

っていうか、言えば良いのか。


「沙希さ。何でもないフリをするのは禁止」
「えっ、」
「今日みたいに、俺のために何でもないフリをして、傷ついてても知らずにいるとか、そんなの嫌なんだよ」
「祐樹」
「俺にとって沙希は特別だよ。誰かに何か言われるなら、俺が二度と言えないように言い返してやる」
「やり過ぎだよ。…でも、ありがとう」


沙希がやっと笑った。
明るい笑顔は、まだ、男も女も関係なく駆け回っていた時代を思い出す。
俺も笑うと、「やっと笑ったね」と安心したように言われた。


「帰るか」
「うん」
「タクシー代は折半な」
「ケチ」
「幼馴染だから」
「……まぁ、そうだね」

視線を落として、寂しそうな顔をする。


「今後はどうなるかわからないけど。俺の気持ちも、沙希の気持ちも」

さっき見た、白くて肌理の細かい脚や締まった細い脚首を思い出す。
いつの間にか、大人っぽくなっていた沙希。
もっともっと知ってしまったら…幼馴染だ、と言えるだろうか。
沙希に「幼馴染」と言ったときに寂しそうな顔をされて、すぐにフォローした俺が。


……何でもないフリをしているのは、俺自身もかもしれない。

それでも、もう少し、沙希への気持ちが明確になるまでは。





何でもないフリ

12/12/2024, 12:26:36 PM