※死ネタ、BL(風味)
【UNDER_TAKER 小噺】
███主任研究員の部屋より見つかった手記より抜粋。
「8/24(D) L:77°F H:87.8°F
実験最終日。対象を海へと放流してきた。
水槽から海へと移してやると、暫く立ち泳ぎのようなものをしてから陸へ上がろうとした。
「もうお家に帰っていいのよ」とディクルム研究員が声を掛けると、抗議の声のようなものを上げて陸へ上がろうとした。
彼■本■に戻っ■■大■■な■■と■安に■■■。(雑に消された痕跡がある)
そのままでは埒が明かないと思い、僕が ̶彼̶対象の頭部を撫でると落ち着きを取り戻した。
またここで宥めすかしても暫くすれば陸へ上がろうとする可能性があるので、計画を変更して沖合まで連れて行くこととなった。
移動には地元の漁師、ガプタ=エカ(72)(男性)さんの小型船舶を貸して頂けた。
沖合へ移動していると、最初は不思議そうに着いてきたがやはり慣れ親しんだ場所であろう。
その身を存分に動かして海を楽しんでいた。
淡い黄色の鱗が反射し□、目に痛□□どだった。
(滲んでおり判読が難しい箇所がある)
本当に、今□で見た□□な□景より□□麗だった□
彼を勝■に■えた挙■研究■■にし■癖に、愚か■も帰■■■ない■■て思っ■い■。
人としても、研究者としても愚か者だ。
沖合まで移動して間もなく、かつての仲間と思しき黄色い鱗の個体が複数現れた。
そのまま帰るかと思いきや(結局解明はほとんど出来なかった)彼らの言語で二言三言話した後、こちらへと向かってきた。
彼がしきりに手を伸ばすので少し身を乗り出すと、頬に口付け(と仮称する)をされた。
研究員をつついてちょっかいを出したり、腕を掴んで気を引くなどの行動はこれまでにも見られた。しかしこのように口付けをするという行動は見られたことがなかった。人魚にも様々なスキンシップの概念はやはりあるようだ。
その後私たちが呆然としていると、確かに聞き間違いでなければ
「またね」
と対象は発話し、群れの元へと戻って行った。
こちらの言語を喋るという、これもまた初めての観測だった。
最初は帰りたくなさそうな素振りを見せたが、やはり群れの中がいちばん居心地が良いのだろうか。
仲間が来てからは呆気ないほど颯爽と去っていった。
でも、もし聞き間違いでなければ。
彼はこちらに戻ってくる心積りがあるから、あんなに早く去ったのだろうか。
そうなのだろうか。
いや、これは僕の個人□な記録なの□□□何も臆する□□は無い□ずだ。
そうで□って欲し□□確か□□は思っ□□□。」
この手記は8/27以降を境に何も記されていない。
「───やはりあの人魚に入れ込んでいたんですね」
ユーミス=ディクルムは少しくたびれた手帳をぱたんと閉じる。
「だから警告したのに……」
対象に入れ込む事、研究の投資を投げ出すような判断、そして彼自身の精神への影響。
若くして研究の指揮を取るほどに評価される彼を狂わせたのは、やはり……
手元にあるもうひとつの書物。
昨日の朝刊を痛ましい顔で見る。
「《120年振りの快挙!金色種人魚の捕獲に成功》
28日未明、地元漁船団エカ組合がルベノ漁の途中、漁船へと向かってくる不振な影を発見。
ライトを向けると近海では絶滅したとされる金色種の人魚である事が判明した。
人魚の中でも金色種は特に貴重とされており、漁船団は直ぐに捕獲へと乗り出したという。
組合長のガプタ=エカ(72)さんは
「あれは本当に夢かと思ったよ、人魚さんは逃げるどころかこっちに顔を出してきたのさ。だからそのまま簡単に捕獲出来たって訳よ」と信じられないという顔で語った。
しかし捕獲後しばらくしてから暴れだしたため、生け捕りには出来なかったようである。」
「ディクルムさ……主任研究員!」
ついこの間までただの後輩だった研究員に呼ばれる。突然のことだからまだ皆慣れていないのだ。
なにもかも。
「ああ、ごめんなさい。すぐ行きますから」
そう言ってかつての師の、そして今は自分の研究室を後にする。
私は微かに香る秋の気配から逃げるように歩き出した。
8/24/2023, 8:29:23 AM