さよならを言う前に。
38.9度の熱
体の節々が悲鳴を上げる
思わず漏れたうめき声
喉が痒くなり、咳き込んだ。
スマホを弄る元気も出ない
何か連絡が有るかもと見た時に
誰からも連絡が無かったから
もう見る気もない。
あぁもし、このまま悪化して
誰にも知られず亡くなって
葬式で泣くやつが居たとしても
俺は信用しないだろう。
「ピンポーン」
ブザーが鳴った、配達の予定もないのに
もしかしたら、誰か心配して来てくれたのか。
重い体を引き摺るように歩き
玄関を開けた
「あら、お忙しい所ごめんなさいねー
こういう物をお配りしてましてー」
知らない中年女性の手元に目をやれば
有名な新興宗教の冊子が握られていた。
「悪いけど熱、あるから帰ってくれ」
イラつきながらドアを閉めようと手を伸ばすと
「丁度良かったわ!貴方が今苦しんでいるのは
信仰が無いからなのよーこの冊子のね‥」
ふざけるな、と声を荒げようとしたが
直ぐに咳に変わって何も言えなくなった
「貴方のその苦しみを救えるのは神だけなの
でもね、神は今、貴方を見てないのよー」
あぁそうだろうな
そう思いながら、限界に近い体を支えるので
精一杯だった。
どれぐらい話し込まれたのだろう
最後は無理矢理冊子を押し付けて
やりきった顔で女性は帰っていった。
玄関で座り込み、そのまま横になった
自分の息遣いだけが廊下に響いている。
誰にも、さよならも言えず
死にそうとか、俺なんかしたかな。
なんてことを考えながら
人生を振り返り始める。
セルフ走馬灯だな
なんて、よく分からないところに
時々、意識を飛ばしながら
本当に碌でも無い人生だったなと
再確認する。
さよならを伝えたい相手の
連絡先も知らない。
最後なら、そうだな
謝りたいな、でも許してくれなくても良い
ただ伝えたい
いやこれ、何かしらの幽霊になりそうだな。
でも、それでいいか
いや、その方が良いか
形はどうあれ、伝えられたら満足だ
自己満足でも、もういい
さよならより言いたい事なんて
一杯あったのになぁ‥。
あぁ床、冷たくて気持ちよかったのに
今はもう硬いし痛い。
そういえば呼吸、聞こえなくなってきたな。
しんどいけど、うん。
死に方としては、穏やかだし
悪くない、悪くないよな。
さよならを言う前に
それだけは伝えたい。
悪くなかったよ。
8/20/2024, 12:38:41 PM