ささやかな約束
寒い日には、暖かい蕎麦を食べるのが一番だ。
「左之助、ありがとう」
「え?なにが?」
斎藤は空になった器を座っていた場所に置いて、去っていってしまった。
『ありがとう』と意味が分かった。コイツは、金を払っていない。自分が食べた分は置いておけばいいのに、自分勝手な奴だ。
「はあ……」
仕方なく払い、屯所へと戻る。勝手な外出であり、勝手な出費は御法度であるものの、いつも見て見ぬふりをしてくれているのは感謝している。
だがしかし、いつ怒られるのかなんて分かったものではない。それでも俺は、蕎麦を食べることをやめない。
屯所に戻ると斎藤が居た。任務という訳でもなく、ただ払ってもらいたいから早く帰ったのだろうか。
「斎藤、払えよ」
「……左之助も、自分の金じゃないだろ」
「感謝とかしろよ」
「したな」
そういえば去る前、ありがとうと言われた気がする。何とずる賢い奴だ。こんな奴に賢いなんて言葉を使いたくないほどに。
暫くして、時間は夜になっていた。今日は、見回りの日だった。
何時も俺は斎藤と共に見回りをしている。信用しているからだ。あんな適当な奴でも、やる時はやる。
「俺はもっとちゃんと感謝して欲しかったな〜」
「……」
相変わらず無口なコイツは、何を考えているのかが分からない。唯一分かることといえば、コイツは寒がりということだ。
最近は一段と冷えるような夜が続いている。そのせいだろうか。斎藤の耳と鼻が赤く染まっていた。
「寒いな、今日は」
「……寒い」
明らかに寒そうにしている斎藤を見て、なにかしてやるべきだとは思った。自分の着ている羽織をかけてやるべきだろうか。
自分は考えるよりも行動に移す奴だろう。なら、それをしてやればいい。
俺は自分の羽織を斎藤に渡す。
「使えよ。……寒いんだろ」
「……ありがとう」
素直に礼を言う斎藤は、すぐに俺の羽織を重ね着した。元々暖かそうだった姿は、更に暖かくなっていった。
一方で俺は、袖なしを着ているせいか、肌に直接風が触れて鳥肌が立っていた。
「は〜…やべえな」
「すまないな」
「いや、いい。斎藤の方が寒そうだったからな」
そのまま俺達は、見回りを再開した。いつものように沈黙が漂っていたが、それは信頼によるものだと俺たちは知っている。
何時間経っただろうか。夜更けになり更に寒さが増す。
動いているからそこまで支障はないが、客観的に見れば大分ヤバい奴なのは分かった。
「……左之助」
羽織を脱ぎ、俺に渡しながら斎藤は話しかけた。
「どうした?」
「また、一緒に蕎麦を食べてくれるか」
「いいが、急にそんなこと言うんだな」
優しく微笑むと、斎藤も応えるように優しく微笑んだ。
「今度は、……一緒に帰りたくて」
俺はかなり直接的な表現をしてくる斎藤の言葉遣いが、得意ではない。
意味が直接伝わりすぎて、なんだか恥ずかしくなってしまう。
「そうか」
「それに、こういうささやかな約束をしていた方が借りも返しやすいからな」
白い息が出ない程度の外の寒さの中、俺は口を大きく開けて笑う。
「気にしてんのか。別にいいのに」
斎藤は刀に右腕を置いて、静かに笑う。
「お前には借りが二つ、あるからな」
多分コイツは、人と一緒にいるのに理由を見つけようとしている。
そんなことをしなくたって、俺はお前の隣にいるのに。
「……そうか。じゃあ、早めに返せよ」
斎藤は空を見上げる。釣られて、空を見上げてみると曇っているからか、月がぼやけて見えていた。
「ああ、分かった」
ささやかな約束、それは人を繋ぐためにあるのかもしれない。
俺たちは屯所へと戻る。
11/14/2025, 2:00:05 PM