Open App

『冬の怪物』

目が醒めると、異様な喉の渇きを感じた。肩にはジブンで掛けた覚えのないブランケットが被さっていて、肘から下はすっぽりと炬燵の中に収まっている。どうやらいつのまにか寝落ちてしまっていたようである。
はめ殺しの窓の外、銀色の雪が音も無く降り続いていた。白い地平線は遥か彼方に、まるで灰の冬空を抱きしめるが如くなだらかに横たわっている。

「…イブ。そこにいるの」

明るく、暖かく、優しい部屋の中。
苦痛も苦悩も何ひとつ存在しないこの場所に、僕は監禁されていた。いつからのことだかは分からない。始まりは、もう気が遠くなるほど昔のことである。
イブ、と僕が名前を呼べば、彼女は現れる。彼女はこの空間の支配者なのだ。
無数のガムランボールが背後でクッキリとした音を立てた。生クリームみたくたっぷりとした真っ白なシフォンスカートに、赤いレースのブラウス。目深に被ったキャペリンの縁には、音の発生源である夥しい数のガムランボールがあしらわれている。彼女は信じられないくらい背が高くて、肌が雪のように白かった。

「キミが掛けてくれたのだろ。この毛布」

イブは応えない。彼女は人の言葉が嫌いである。意味が分かるし、多分話せる。けれどイブが僕の問いかけに答えてくれたことは、ただの一度もない。

「…暖かいよ。ありがとう」

ジャリンと重々しい鈴の音が鳴って、彼女が細い腰を屈めた。赤い爪が髪を梳き、白くて薄い死人の唇がそっとツムジに口付けを落とす。それはちょうど、どうか悪夢を見ないようにと母親が眠り落ちる小さな子供へと贈る祈りのようなキスだった。
もう少し眠りなさいと、そう言われたような気がする。

「…ウン。おやすみ」

シンナーのような眠気にドロドロと意識が溶けていく。雪は一向に降り止む気配がなかった。

冬休みが続く。優しい箱の中、いつまでも。

12/28/2023, 12:40:51 PM