チロ

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「雨は、嫌いじゃないわ」

ぽつり。屋根の端から水滴が溢れた。

「あなたは?」

縁台に腰掛けて、降り止まない雨を仰ぎながら、隣に腰掛ける男に問う。いつもにこにこしていて、本心の読めない彼も、同じように屋根の向こうに見える、暗く淀んだ空を見ていた。

「そうですね…」

少し考えるような表情をしてから、10歳以上歳上には見えない幼い表情で笑い、こちらを見た。

「こうやって、あなたとふたりで雨宿り出来ているんだから、今は感謝していますよ」

「…そう」

はっきりとそう言われてしまえば、なんだか少し恥ずかしくて、私は目を反らして視線を雨に戻した。顔が熱くなるのを感じる。

「そろそろ、告白の返事をいただけませんか?」

「…そうね」

1ヶ月ほど前、この男から「好きだ」と言われている。
私には両親や家族は既に死んでいておらず、事情があって、特殊な環境下で過ごしている。この男が管理しているアパートの一室を借りて、この男が紹介してくれた職場で働いている。

今日と同じような、降り止まない雨の中で、傘も差さず閉店後の店の前で佇んでいた所を、私はたまたま通りかかった彼に拾われたのだ。こんな初対面の怪しい女のことを、何故か受け入れ、世話を妬いてくれる。

出会って半年を過ぎた。与えられた仕事や、頼まれ事は全部受け入れて、真面目にこなしてきたと思う。頑張りすぎて、体調を崩すことも度々あった。彼は仕事終わりに看病に来てくれたり、病院へ連れて行ってくれたり…休日には外に連れ出してくれ、手料理もご馳走してくれた。「私にはもったいない」と断ったこともある。でも、彼は少し驚いた顔をして、優しくほほえみ、にこにこと笑っていただけだった。

『僕には家族はいないんだ。施設で育ったから、身内も居ない。施設で母親のように思ってた先生は、8年も前に病気で亡くなったし、学生の時から仲良くしてた友人が5人居たんだけど、みんな事故や病気で…最後のひとりが去年亡くなってしまったんだよね。』

彼は可哀想な人だと思った。そして、孤独なのは私と同じだと思った。でも孤独なんて感じさせない、切なくも優しい笑みで彼は笑っていたのだ。

『手にしたはずのものを、あまりに全部失うから、もう何も持たないと思っていたんだけどね。君が好きだ。そばにいたいし、手放したくないと思ってるんだよね。』


彼から1ヶ月ほど前に、言われた言葉。
彼といると楽しいし、飽きない。私がこんなに笑って、人と過ごすことがこんなに暖かいのだと幸せだと感じていた。返事をしないでいたのは、私は自分に自身がないからで…

「ねぇ」

「え、あ…」

考え込んでいて、いつの間にか目の前に彼の顔があることに気づかなかった。耳が熱くなるのが分かった。
徐々に近づいてくる、彼の顔。
私は咄嗟に目を閉じる。

「…それは、返事と捉えてもいいんですか?」

耳元で、名前を呼ばれて、身体が強張る。
先ほどまでうるさいくらいに聞こえていた、雨の音は聞こえない。うっすらと目を開けると、彼のため息が聞こえた。

「本当に、どうしようもないこだ」




5/25/2024, 9:39:44 PM