シーラカンス

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#楽園【中編】

 
 目を開いてみて驚いた。

 白い砂浜。アルカーディアブルーとマリンブルーの二色で構成され、陽光を反射して宝石を散りばめたように輝く海。
 思わず手のひらで額を覆いたくなるような強い日差し。
 どっしりと構えた幹に、まばらな木陰を作り出す放射状の葉。あれはヤシの木だ。何本にも連なり、頂には青々とした実を実らせている。
 どう見ても南国そのものだった。
 大学の頃、必死にアルバイトした金で行ったセブ島に少し似ている気がした。
 「ほう…」
 思わずため息のような、自分でもよくわからない声が漏れた。
 いや、2500円を高いとは思ったがなんの、この値段で一時の海外旅行に行けると思ったら安いもんじゃないか。

 しかし、惜しむらくは感触がないことだった。
 日差しはこんなに照りつけているというのに、眩しさは感じても暑さがない。
 革靴で砂浜に立っているとはいえ、地面から跳ね返るように立ち上ってくるはずの熱気も、砂特有の足の裏にまとわりついてくる感覚もなかった。
 まあ、これは夢なのだから贅沢も言っていられないか。
 総じて言えば、非常にいい気分だったのだ。
 最近働き詰めで、行き帰りも満員電車に揺られている身としては、誰もいない素晴らしい景色の中に一人放り出されるというのは、それだけで随分爽快な気分だった。
 「ひゃっほーーーーーー!」
 誰にともなく叫び、衣類などを脱ぎ捨てると、眼前の海めがけて走り始めた。
 海に足を踏み入れた瞬間、何かに浸かった、という認識はあったが、それはいつも感じている水中ではなかった。
 「砂浜とは別のところに足を踏み入れた」という認識だけはあったが、水の感触や冷たさはない。どうにも不思議な感覚だった。

 しかし、やることがないな…。
 しばらく海の水のような、水の映像のような何かを両手ですくっては放り投げてみたものの、すぐに飽きてしまった。
 せっかくだから、あのヤシの木に登って実でももいでみたい気分だったが、何か飲んだり食べたりすると、自分の場合すぐに目が覚めてしまう。
 せっかくなのだから、時間制限いっぱいまで楽しみたかった。
 ふと視線を上げると、右の方に高台があった。見晴らしがいいかもしれない。
 よし、行ってみよう。
 制限時間まで、あと7分。 
 足早に高台へと向かった。



【後編】に続く (長い…終わらない…)
  

5/6/2023, 12:01:29 PM