淡時間

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『わぁ!』

僕の話を聞きたいのかい

とすると、君の気持ちを動かせる話がいいかな

ううんそうだなあ、こんな話にしよう


ある男はとても恵まれていたんだ

彼のご両親は彼のことをいつも気にかけていて

食事だって一日三食、寝る場所だって着る服だって

全部、全部揃え与えて不自由なく生活できていたんだ

すると彼はどうなるだろう

そんな当たり前にさえ不満を持ち始めたんだ

やれもっとちょうどの良い温度で食べたいだの

やれもっと見栄えの良い服を着ていきたいだの

やれもっともっと起きていたいだの寝たいだの

当然、そんな戯言に彼のご両親は快くは思わない

そこで彼の父親はこう考えた

「言っても聞かないのなら、殴ってでも聞かせよう」

思いついたが吉日、その日から父親の教育が始まった

次は腕を折るからな、殴った後にそう脅すだけで

なんと簡単に言うことを聞くではないか

こんな簡単な事だったのか、そう父親は感心した

当然、彼の頭にはこう刷り込まれた

「殴られないために、言うことを聞かなければ」

「殴られないためには、ご機嫌取りをするべきだ」

彼は彼が抱いた感情が自分の為なのか両親の為なのか

はたまた、自分の心なのか両親の心なのか

徐々に見失ってしまってとうとう戻らなかった

どう表現すればいいのか、誰の気持ちなのか

どうすれば相手を不快にさせないで済むのか

どうして一体自分は何を何故考えているのか

わからなくなってしまっていたのだ

その様子を見る母親は不意に閃いてしまった

こうすれば自分も言うことを聞かせられるのでは、と

そこからは早かった

自分が何をどのように言おうとも全く関係がない

殴るのだ

蹴るのだ

怒鳴るのだ

そして、脅すのだ

こうなっているのは全部全部お前のせいで

次は父親に言いつけるぞ、わかっているのか

謝れ、土下座しろ、と

彼は従うしかない

そう、従うしかないのだ

この人たちの機嫌を損ねてしまったのなら

次に待っているのは、自分の否定だ

そのうち、彼は会話を諦めてしまった

彼が誰かに発言すればするだけ

誰かの機嫌を損ねる機会が増えてしまうからだ

間違っているのは自分だ、と諦める方が

格段に楽で居心地を良くすることができたのだ


さあて、まとまらない話は置いておいて

君はどう感じたかな?

誰かが間違っていると思うかな?

彼が?父親が?母親が?それとも全員が?

誰かが絶対に間違っているのかな?

ふうむ、誰も間違えてはいないのかもしれない

そう考えても不思議では無いね

ここでひとつ、後日談を教えて差し上げよう

またいつものように彼は機嫌を損ねてしまう

激しい怒号と罵声で収拾がつかなくなっている

彼は遂に何も言えなくなると思いきや

1度だけどうしても我慢できず言ってしまったんだ

「散々暴力をしておいて今更何を開き直っている」

こう言い返してしまうのも彼の悪い癖かもしれないね

しかし母親はこう返したんだ

「最近は殴って蹴ってないんだからいいじゃない」

父親もこう続ける

「お前もいい歳なんだから少し我慢しろ」


私に何を伝えたいか、って?

いいや、僕は何も考えていないさ

何かを考えないことと考えられないことっていうのは

全くの別物である、なんて僕の持論だけれどね

僕は何も考えていない

考えるだけ無駄さ

強いて言うなら、そうだね

何かを伝えようとしている人、即ち

言葉を尽くしてくれている人に対して

言葉を尽くすことは義務だと思っているよ

ふふふ、関係の無い話だね

さて、気持ちは動かせたかな?

全く動かない?そうかね

それも君のいい所さ

気持ちは我慢しなくていい

まずは認めてやることさ

悲しい時は悲しいと泣ける

嬉しい時に嬉しいと笑える

そういう積み重ねだよ

そういう安全な場所を僕はいつも作って

いつもいつでも待っているからね

強くなくていいから

こうしてだらだらと生きていこうね

今日もおつかれさま。

1/26/2025, 4:34:20 PM