『留守録が一件あります』
アイコンをタップして音量を上げる
「もしもし、私。ごめんね、なかなか連絡出来なくて」
数年ぶりに聞く声は、記憶の中の声と変わらず少しハスキーで、煙草の煙と香りを思い起こさせた。
「今、新しい仕事が決まってさ。ちょっとバタバタしてんだよね」
興奮気味に語る声。
学生時代からの夢が叶いそうなのだと言って、相談も無く一人飛び出した彼女。それからふつりと連絡は途切れて、名前を見たのはあるドラマの端役だった。
「·····」
その時胸によぎった小さな痛み。
私を置いていった彼女。
地元で腐っていく私と、夢に向かって歩く彼女。
胸によぎった痛みの名前を、私は敢えて考えない事にした。
それから彼女の名前は時々ドラマや映画で見たが、大衆の記憶に刻まれるにはまだ少し時間がかかりそうだった。
「相談もせずに飛び出してごめん」
ハスキーな声が少し沈んだ。
「でもどうしても諦めたくなかったから」
学生時代の彼女を思い出す。
普段は冷めてたのに、夢の話をする時はテンションが高かった。
「今度の仕事は今までより大きな仕事なんだ。·····で、上手くいったら·····会いたい」
まっすぐな目を思い出す。
煙草の煙の向こうに光る、ギラギラした強い瞳。
「この仕事が上手くいったら少し休みを貰うつもりなんだけどさ·····。私もすぐ返事出来るかどうか分かんないけど、会いたいから」
――何を話すというのだろう。
――どんな顔をして会えばいいんだろう。
「また電話するね」
『再生を終了します』
スマホの画面をじっと見つめる。
この時の私は知らなかった。
これが彼女の、最後の声になるということを·····。
END
「最後の声」
6/26/2025, 2:54:12 PM