みずくらげ

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『伝えたい』


『伝える』って相当すごいことですよね。言葉はただの音の振動にすぎません。
空気が震え、鼓膜が震え、神経信号に変わる。
それだけの物理現象です。しかしその物理現象が、誰かの記憶を呼び起こし、誰かの傷に触れ、誰かの未来の選択を変える。

どう考えても、ただの振動の働きとしては規模が大きすぎます。
それだけではありません。生き物は常に主観の中に閉じ込められて生きている。他人の痛みや喜びも直接体験できるものではないから、私たちがやっているのはあくまで推測までです。それでも私たちは、きっと伝わる分かり合えると信じ不安定な橋の上に言葉をのせています。この確証のなさの上に世界のほとんどの関係が成り立っているわけです。

そして私たちはまだ自分のたった一つの人生すら完遂していないのに、他人の人生について考えたり、未来のことについて想像したりできます。自分の物語すら完結していないのに、他人の物語を理解しようとします。

あらためて考えてみると、伝えるという行為は生存戦略を超えて、ほとんど信仰に近い行為なのかもしれません。自分とは違う存在の誰かと、どこかでは繋がれるはずだ、そんな前提を根拠もなく受け入れている。

私は、伝えるという行為は分からなさを抱えたまま橋を架けることだと思っています。
確証はない。完全な理解もない。それでも橋を架ける。

そして時々、本当に向こう岸に誰かが立っているのが見える。

その瞬間があるから、また伝えるんです。
この文章も、どこかの誰かに伝わって、その人の内部に思考を生み出し、文字として、振動としてまた誰かに伝わったら。

確証がなくても十分奇跡みたいなことですよね!

2/13/2026, 9:02:42 AM