川柳えむ

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 各国の代表みたいな政治家や役人、世界を股にかけ活躍している著名人、大物芸能人など、富裕層ばかりがやってくる庶民には知られていないレストラン。特に数量限定の肉料理が美味しいと、富裕層の間で評判だった。
 そんなレストランで働いていた。とても広い建物で、従業員は全員住み込み。まかないもしっかりと三食出る。しかも給料はまず一般的ではない額。高給取りも高給取りだ。
 ただし、この仕事のことを口外してはいけない。本来は上級国民しか知っていてはいけないってわけ。
 そして、この仕事を辞めるのにも条件があった。基本的に辞めることは許されない。ただし、その日の最後に全員で行う投票があり、その投票が一定数に達した者は辞めることができた。投票の内容は、一番仕事ができていない者。つまり、このレストランに不要だと思わせられれば辞めることができた。
 私はフロア担当で、注文を聞き、出された料理をただひたすらに運ぶだけ。基本的に厨房がどうなっているかを見ることはない。邪魔になるからと、中を見せてもらうことすらほとんどできなかった。

 ある日の夜、私は忘れ物を取りにレストランのフロアへとやって来た。
 真っ暗なフロアは静まり返っている。
 怖くなり、急いで忘れ物を手にすると、すぐに部屋へと戻ろうとした。
 その時、厨房の奥の方で、小さな灯りが付いていることに気付いた。
 ――電気の消し忘れか?
 そう思い、中をそっと覗いてみる。すると、料理長が何かをしているのが見えた。
 ――あぁ、明日の仕込みか。
 今度こそ部屋に引き返そうと視線をフロアへ戻す瞬間、視界の端に映ったものに、思わず体が固まってしまった。
 料理長の足下にあるバケツ。そこから誰かの腕が見えている。足も。
 あんな位置に腕と足が来るはすがない。そもそもバケツは普通の人間が入れるサイズじゃない。
 その状況が示す答えは。
 料理長がこちらを振り返った。腰が抜けてしまい、逃げることさえできなかった。

 不要だと投票された人間は、次に出される肉料理の素材となっているということを聞かされた。見たくなかった。知りたくなかった。
 ――さぁ、知られてしまったが、どうしようか。
 料理長が私の顔を覗き込んだ。

 そんな夢を見た。
 目が覚めると、ベッドの上で冷や汗をぐっしょりとかいていた。
 あんなことがあるわけがない。倫理的にも有り得ないのに。やけにリアルな夢だった。
 震えが来る。しかし、たかが夢にずっと怯えているわけにもいかない。夢で良かったと思おう。
 さて、今日の仕事も頑張ろうかと、大きく伸びをした。


『こんな夢を見た』

1/23/2024, 11:00:03 PM