sairo

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荒れた未舗装の道は、それでも人が通れる程には整えられていた。
その不自然さに、楓《かえで》は眉を寄せる。歩きながらも警戒を強め、周囲に視線を巡らせた。

「随分と静かだけど、歓迎されているってことかな」
「だろうな。じゃなきゃ、百年も前に廃れた土地に続く道が、こんなにも綺麗な訳がない」

楓のことばに、冬玄《かずとら》は不快だと言わんばかりに吐き捨てる。無言で歩き続ける燈里《あかり》を横目で見ながら、忌々しげに舌打ちをする。
集落へ続く道を歩き始めてからしばらくして、燈里は再び意識を何かに呑まれた。冬玄や楓の言葉に反応を見せず、ただ道の先を見据えて歩き続けている。
冬玄と繋いだ手は振り解かれることはなく、無理に先へ進む様子はない。それ故に様子を見ていたが、やはり引き戻すべきかと冬玄が燈里に声をかけようとした時だった。

「――あの子の両親はね。元々は麓に住んでいたんですって。けれど何かの事件に巻き込まれて、ここまで逃げてきたみたいなの」

不意に燈里が口を開く。

「皆ね、我が儘だったのよ。優しい振りをして受け入れて……皆がやりたがらなかった嫌なことを、全部押しつけた。それでいて、使えなくなったら、簡単に冷たくしたの」
「燈里?」

訝しげに冬玄が声をかけるが、燈里は止まらない。
虚ろな目が前を見据え、足を止めずに言葉を――誰かの過去を語り続ける。

「夜、皆がこっそり話していたのを聞いたの。ハカモリの子供は使えない。麓に棄てて新しいハカモリを連れてこないと、って。でも、棄てるにしても誰も触りたくなくて、近づきたくもなくて、そのまま死んでしまえば、って皆が口を揃えて言ってた……本当に酷いの。子供なんだから、大人の仕事ができなくて当たり前なのに」

少し先を行っていた楓が振り返り、燈里の元まで戻ると、そっと燈里と手を繋ぐ。
その表情に険しさはない。ただ静かに燈里の口から紡がれる誰かの過去を聞き、燈里のすべてが呑み込まれないように寄り添った。

「優しさなんてね、結局は皆にとって取引にようなものだった。特になるなら優しくして、ならないなら冷たくする……皆、自分勝手」

歌うように囁いて、燈里はくすくすと笑い声を上げた。

「――なら、私も自分勝手でいいよね。遊んじゃいけない。話しちゃいけない……そんな言いつけ。いい子で守る必要なんてどこにもないよね」

燈里の言葉に、冬玄も楓も何も言わなかった。
肯定や否定をした所で、燈里には届かない。
遠く過ぎていった過去にはどんな言葉も意味はないと、言葉の代わりに二人はそれぞれ燈里の手を強く握った。

不意に道が揺らめき、先の光景を歪ませる。
背後から冷えた風が強く吹き抜け、楓は思わず鼻で笑った。

「早く来いってさ……どうする?」
「行くしかないだろう。燈里を疲れさせずにすんだと思えばいい」

無感情に呟いて、冬玄は燈里へ視線を向ける。変わらず前だけを見て進む燈里に僅かに表情を曇らせ、名を呼ぶ代わりに寄り添った。

「――行かないと」

道の先に視線を向けて、燈里はぽつりと呟いた。

「冬玄」
「あぁ、分かってる」

冬玄と楓は互いに目配せし、頷き合う。
進む燈里を庇うように、歪む道の先へと足を踏み入れた。

ぐにゃり、と地面が揺らぐ感覚。
景色が歪み、音が消えた。
冷えた風が辺りの熱を奪っていく。陽を陰らせて、沈めていく。
一呼吸の後、道の先の景色は一変した。

暗い道の先に、朽ちた家々がいくつもその屍を晒している。
草木は枯れ、命あるものの気配は何一つ感じられない。
進み続けようとする燈里の手を、冬玄と楓はそれぞれ引いて止めた。

「これ以上は駄目だよ、燈里」

低く呟く楓の表情は、険しく鋭い。
目を凝らせば、集落には暗がりに紛れて黒い靄が立ち込めていた。
逆らうことなく立ち止まった燈里は、集落の奥へと視線を向けた。

「――あの子がいる」

燈里の言葉に、冬玄と楓は集落の奥へと視線を向けた。

「柵?」

集落とその奥とを隔てるように、長く竹柵が張り巡らされている。
その向こう側に、小さな人影があった。
髑髏を抱いた少年が、人の絶えた集落を無言で見つめている。しばらく立ち尽くしていたが、やがて音もなく踵を返し、木々の向こう側へと去って行った。

「あの子はね。お墓から動かないの」

少年が去っても視線を向けたままで、燈里は呟いた。
集落に立ち込めていた黒い靄が、少しずつ薄れ消えていく。
吹き抜ける風が木々を揺らし、遠くで微かに虫の声が聞こえ出す。
完全に靄が消えたのを見て、燈里はゆっくりと集落の奥へと向かい歩き出した。
冬玄と楓は、今度は引き留めることなくそれに続く。
崩れ落ちた家。草木に埋もれた田畑。
誰かが踏み荒らした道を辿るように、柵へと近づいて行く。

「柵はね。あの子や、あの子の家族がこちら側に来ないように作られたんだって」

柵は年月で朽ちかけていた。だがそれより目を引いたのは、無慈悲に壊された一部。
辺りに散らばるゴミの数々が、最近になって柵が壊されたことを物語っていた。

「行かないと。あの子が待ってる」

静かに繰り返されるその言葉が、風に乗って奥へと消えていく。
それは淡々としながらもどこか寂しさを含んで、木々をざわりと揺らめかせた。



20250810 『やさしさなんて』

8/12/2025, 9:30:34 AM