いろ

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【一筋の光】

 暗闇の中で息を潜めて待っている。私たちを殴るあの男が何処かへ出かけるまで。あの男が連れ込んだ女性たちの声が聞こえなくなるまで。膝を抱えて、身じろぎ一つしないように。私の存在があの男の意識にのぼることがないように。そうしていろと、兄が私に厳命したから。
 押入れの狭い闇はいつだって怖い。このまま誰にも知られずにここで朽ちていくんじゃないかって、そんな錯覚がする。一人きりで膝を抱えてどれほど経ったか。片足を引きずるような歪な足音が押入れの前で止まり、障子が細く開かれた。
「おいで。あの人たち出かけたから、もう大丈夫だよ」
 障子の隙間から覗く一筋の光。優しい兄の声。それだけで全てが救われたような気持ちになる。震える指で障子を開けた私を、兄はそっと抱きしめてくれた。
 いつだって傷だらけでボロボロな兄は、それでも絶対に私を守ってくれる。いつか一緒にこの家を出ようと誓ってくれる。頼るべきじゃないって、兄だって私とたいして歳の変わらない子供にすぎないんだってわかってるのに、それでも私にとって兄の存在は眩しい光そのものだった。
「うん。いつもありがとう」
 謝罪を口にするより、お礼を言うほうが兄は喜ぶから。足手まといでごめんなさいと謝りたい気持ちを押し殺して、私は兄が好きだと言ってくれた無垢な笑顔を取り繕った。
 
 

11/5/2023, 9:53:03 PM