『罪の名を呼ぶ教会で』
――第二章「灯りの届かない夜」
外は風の音だけが鳴っていた。
雪はいつの間にか強くなっていて、教会の窓に当たる粒が、乾いた音を立てていた。
茉白と僕は、ろうそくの小さな明かりのもとで、
毛布にくるまりながら、ほとんど言葉も交わさずに時間を過ごしていた。
彼女は、火の揺らぎをじっと見つめていた。
まるで、その揺れが記憶を照らすのを待っているみたいに。
「……話すつもりなんてなかったんだけどね」
ぽつりと、茉白が呟いた。
「誰かに、自分の過去を。
……でも、律くんなら、聞くだけはしてくれる気がした」
僕は、黙って頷いた。
それは“慰めてほしい”とか“許してほしい”とかじゃない。
ただ、ちゃんと受け取ってほしいというような、
彼女の静かな決意がにじんでいた。
「私、ね――」
茉白は言った。
「好きだったの。ひとりの人を、すごく。
初めて、自分が誰かに必要とされてるって思えて。
その人といると、息ができるような気がした」
彼女は、一瞬だけ目を閉じた。
「……でも、その人、ある日突然、ひどくなったの。
言葉も、手も。
最初は“私のせい”だって思って、我慢した。
でも、違った。どんなに愛してても、
人は壊れていくんだって、気づいた」
僕の胸に、重いものが落ちる。
それでも、目を逸らしたくなかった。
誰かの苦しみが“重いから”なんて理由で、無視してきた自分の過去と、向き合いたかった。
「……ある夜、私は彼を突き飛ばしたの。
階段から落ちて、頭を打って。
……それで、終わり。突然。あっけなく」
彼女は泣いていなかった。
でも、泣いている人よりも、ずっと悲しそうだった。
「それが、“殺した”ってことなのかは、わからない。
でも、私は、もう普通には戻れない。
“誰かの命を終わらせた”という現実が、
私の名前に、重なってしまったから」
僕は、何も言えなかった。
言葉なんて、安っぽくて、軽すぎて、今の茉白には届かない。
でも――
「ねぇ、律くん」
彼女がふと、僕の方を向いた。
「それでも、私、まだ生きてる。
生きちゃってる。
……こんな私でも、生きてていいのかな?」
その問いに、僕は答えられなかった。
でも、同じように思ってた。
「こんな自分でも、生きていていいのか?」って。
僕たちは似ていた。
罪の重さは違う。
過去も違う。
でも、“もういらないって思われた自分”に、
どこかで折り合いをつけようとしていた。
だから、答えは出せなくても――
僕は、そっと彼女の横に座り直した。
彼女は、言葉じゃない“それ”を感じて、少しだけ目を細めた。
その夜、ふたりで見上げた教会の天井は、崩れかけていたけれど、
小さな光が、どこかから入り込んでいた。
それはまるで――
壊れた屋根だからこそ見える、星の光のようだった。
4/15/2025, 11:15:58 AM