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ひなまつり

正直、ひなまつりにいい思い出はない。私の人生において3月3日は必ず不幸があるからだ。
記憶にある中で1番最初の不幸では、五段飾りの前ですっ転び雛人形達を落としてしまった。繊細な人形はその衝撃に耐えられず、おひな様は首がもげて接続部が割れてしまった。
歳の近い姉はその雛人形をとても気に入っていたので、その日はとにかく不機嫌で当たりが強かった。不注意による自業自得とはいえどうにも居心地が悪くて仕方がなかったのを覚えている。
それ以降、3月3日になると必ず不幸が降りかかる。不幸といっても人が死ぬとかそんな大層なものではなく、定期を落として学校に遅刻するだとか、職場で大きなトラブルが起こって残業せざるを得なくなるだとか、楽しみにしていたデザートを姉に食べられるだとか。そんなしばらく引き摺るような、けれども人生に大した影響のない微妙な不幸だ。

そんな不幸を繰り返すこと18回目、19回目の日は久しぶりに祖父母の家を訪れた。呼び出されたのだ。
社会人になってから、祖父母に会うことは多かれど祖父母の家に訪れることは少なかった。なんでも、友人から魚を大量に貰ったが捌ききれないので食べに来て欲しいそうだ。
祖父母の家は栄えたところから寂れた電車に乗り、数十分程の場所にある。海に囲まれた自然豊かな場所だ。その風景を見ていると、幼い頃姉やいとこ達と遊んだことを思い出す。
魚は本当に多かった。元々胃袋が大きな方で、成人して数年経った今でも食欲旺盛食べ盛りな私でもきついほどだ。それでも、海沿いの街でとれた魚は新鮮でとても美味しかったし、祖父母との会話は盛り上がりに盛り上がり、箸がよく進んだ。


正直に言うと、私はひなまつりのことを忘れていた。大人になればひなまつりを祝うことなんて無いに等しいし、その日は早朝に出発していたため、ニュースから情報を得ることもなかったのだ。
ひなまつりの不幸は電車の脱線事故という形で起こった。幸いにも、寂れた路線だったため乗客はおらず車掌も無事。数時間後にはどうにかなるらしい。
しかし、今日の私はどうにもならない。美味しい魚に気を奪われていた私は、帰りの時間をすっかり忘れていたのだ。小さな街の電車が復旧する頃には栄えたところから私の住む街への終電に間に合わない。この辺りはそれほど遠く寂れている。
そう、帰れないのだ。明日は楽しみにしていた映画を見に行く予定だったのに。
そうして私は、やけに嬉しそうな祖父母に歓迎されながら祖父母宅に泊まることになったのである。
祖父母は1階で、私は2階にある部屋のひとつに布団を引き、寝ることにした。

事が起こったのはその深夜だ。早寝早起きの体現者である祖父母とは違い、深夜まで起きていることが当たり前の不摂生である私は当然寝ることができない。
いつものようにスマホをいじる。ブルーライトを浴びればその分寝ることができないというのは理解しているのだが、ブルーライトを浴びなければ暗闇の中で安心できない。それが哀れな私というものだ。
そうこうしているうちに時計の針は深夜2時を指す。3月3日は終わってしまった。これで私の不幸も後1年後まで訪れない。そう、訪れないはず。

「あら、久しぶりですね。前に会ったのは6年前、貴方が成人する年だったかしら。」

若い女の声がする。この家にいるのは年老いた祖父母と私だけのはずなのに。
がさごそと何かが動く音がする。私は身動ぎひとつしていないのに。
その音は私の右側にある押し入れから聞こえてくる。音は1つではなく、複数だ。布の擦れるような音、何かを持ち上げるような音が続いた後、少しの静寂の後に襖が少し動いた。指1本挟めるかどうかといった小さな隙間だ。古い家だから立て付けが悪いのだろう、開けるのに苦労しているような音がする。
泥棒だろうか。いや、泥棒がわざわざ話しかけては来ないだろう。そんなことを考えているうちに襖はどんどん開いていく。少なくとも、このまま寝ていては相手に遅れを取ってしまう。先手必勝、襖に苦戦しているうちにどうにかしなければ。
意を決してたちあがり、襖を睨みつけた。それと同時に勢いよく襖が開く。


その先には誰もいなかった。いや、ものはあった。
雛人形だ。見覚えのある、なんだか気まずい雛人形が内裏雛から五人囃子までしっかり揃って、こちらを見つめている。

「げんきそうでなにより。全く、この家は古くていけないわ。襖がこんなに開けずらいものだなんて。」

さきほどの声が聞こえる。私の足元、おひな様の人形からだ。
「ねぇ、覚えている?まだ貴方が小さい頃、貴方私のことを落として壊したわよね。あの時のせいで私いまとても寝ずらいのよ。」
まちがいなく、我が家にあった雛人形が喋っている。さらには微妙に動いている。まるで高貴な平安貴族のように、檜扇を口に当て、嫌そうな顔をして。
この雛人形達は私が成人した事で役目を失い、我が家は小さかったため、祖父母宅に預けられたのだ。
「感動の再会に挨拶もなしなの?」
「こ、こんにちは?」
「こんばんはでしょう?あいかわらすの子供ね。またすっ転んでしまうんじゃなくて?」
やけに上から目線な人形だ。あまりにも平安貴族マインドすぎる。そんなだから武士に取って代わられるのだ。
さらにはネチネチしている。悪いのは私だがおおよそ20年の話なのに詰ってくるなんて。
「そんな不機嫌な顔をしないでちょうだい。せっかく許してあげようと思ったのに、許せなくなっちゃうでしょう?」
そう言ってくびの割れ目を見せてくる。ボンドで埋められたそこは何とか接続部としての役目を果たせているとはいえ、ガタガタだ。確かにこれでは寝ずらいだろう。
「あれからもう20年だもの。私が貴方にかけた嫌がせの呪いも解いてあげるわ。」
みかん

3/3/2026, 3:38:16 PM