子供のままでいられたら。そうやって何度君は吐き出してくれただろう。
何も知らないままでいられたら。そうやって何度僕の前で泣いてくれたんだろう。
「なんでこんなに全部怖いんだろう」
僕はまた相槌すら打てずに、君のグラスが空になる。
「……おかわり持ってくるよ、いつものでいい?」
「うん、いつものがいい……」
君の好みはずっと僕が1番知ってる。昔のままの子供舌、最近分かったお酒好き。それからなんとなく僕がリキュールを揃え始めて、ちょっとしたバーみたいになった頃に君が訪ねてきて。
「えっ……なにこれ、こんな趣味あったの?」
「君がずっと僕にメッセージ送ってきたんじゃん」
「そういうこと!? 私の事好きすぎでしょ〜」
悪戯っぽい笑みを浮かべながら、並んだ瓶のひとつを手に取る。
「これ好き!」
「やっぱりそうだと思った。昔からそうだよねぇ、甘いのばっかり」
「甘いのがいちばんおいしいからいいの! それよりこれ飲みたいな!」
「ミルクでいい?」
「もちろん! っていうか他にあるの?」
「あるよー、そうだなぁ……ソーダと割ったり、ウォッカと混ぜたりその上に生クリーム浮かべたり」
「コーヒーにソーダ合うの!? へえ、ずいぶん詳しいねえ、もしかして結構勉強した?」
「全部独学だよ、今の時代ネットって便利だから」
軽く言いながら、自室にあるカクテルノートの事を思い浮かべる。あれは絶対見せられない。なにより格好がつかない。
僕の作るカクテルがお気に入りになったようで、度々家に来るようになった。ひとり暮らしだし嬉しい限りだが、勘違いしてしまいそうだ……。
「ねえ、いつまで作ってるの」
「うわあ!? ごめんごめん、いま持ってくよ」
君はいつの間にか近づいていて、至近距離で話しかけてくる。
「何考えてたの、っていうかなんで一緒に飲んでくれないの」
「え、いや、それは、その……」
「はい、もういっこ作って」
「はい……」
渋々同じものを作りながら、様子を伺う。これはもしかして。
「おまたせしました」
「はい、となりすわって」
……まずい、やっぱり多分この子相当酔ってる。
「はーやーくー!」
「わかったから落ち着いて……」
「おちついてます!」
「飲ませすぎたかな……」
「なにをぅ!?」
そう言いながら脇腹をつついてくる。ボディタッチが多い、声が大きくなってる、何より目が据わっている。これは完全に飲ませすぎた。
「これが最後の一杯にしようね」
「えー、もうちょっと居たい」
ついでに普段臆病なぐらい慎重なのが無くなってる。かわいい。
「……だめ?」
上目遣い、腕を抱きしめて甘い声。普通の奴ならきっと恋に落ちる、だけど僕は分かってる、口元がにやついていることを。……たちの悪い悪戯だ。
「いいけど……。その代わり僕に何されても知らないよ?」
「きゃーおおかみこわーい」
軽口と冗談を交わしながら夜が更けていく。僕と二人の時だけは、顔を合わせて笑いあえる。悪戯みたいに生きていこう、ずっと子供のままでいられるように、無邪気なままでいられるように。
5/12/2023, 3:02:26 PM