香草

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「ミッドナイト」

酔っ払いたちの喧騒に背を向けてそっと影に入る。
酔っ払いたちの方がまだ安全なんじゃないかと思うよな怪しい男たちと目線を合わせないように足早に通り過ぎると怪しい路地に似つかわしくないおしゃれな木のドアが見えてくる。ドアを開けるとまた違う意味で怪しくピンクでライトアップされた水槽が出迎えてくれる。
「こんばんは」
少しレトロな風貌をしたバーテンダーが優しく声をかけてくれる。
そこで私はやっとこわばった表情を緩めるのだ。
店内は人一人がやっと通れるような隙間を残してカウンターが伸びている。
少し昭和の雰囲気が漂っているのは壁の色褪せたポスターたちと少しチープな明かりのせいだろう。
以前連れてきた友人は「カラオケの背景でよく見るバー」と言っていたっけ。

店内は私一人だけのようだ。この贅沢な空間を独り占めできるなんて今日はついてる。まあ今日もあと1時間で終わるけれど。
バーテンダーは何も言わずにカクテルを振っている。
私が頼むのはいつも決まって同じだからだ。
「どうぞ」
透明な流水紋が入ったコースターにそっと柔らかなオレンジ色のカクテルが置かれた。
チープなライトが琥珀色を通して美しく光を散らしている。爽やかな柑橘系の香りが鼻をくすぐって思わず笑みがこぼれてしまった。
「今日は何かいいことがあったんですか?」
バーテンダーが穏やかな口調で尋ねた。
笑顔の理由があまりにも小さいのでわざわざ伝えるのも恥ずかしい。私は誤魔化すようにふふふと笑みを重ねた。まるで秘密をはぐらかす魔性の女のようになってしまった。
けれどこんな真夜中くらいはいいだろう。
日中は冴えない会社員でもカクテルの前なら魔性の女になれるのだ。

1/26/2026, 2:47:12 PM