華音

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踊るように

「おい。あんまり走ると転ぶぞ。」
「分かってるよー!」
 淡い水色の空にかかるわたあめみたいな雲。
 視線を落とせば視界を埋めるほどの燃えるような桃色の花々が。
 俺は、年の離れた妹と、この花畑へ来ていた。
 日々仕事で忙しく、中々妹と話す機会が無く、きょう休みを取ってここまで来た。
 妹も遊びたがりな年頃だろうに、いつも俺を気遣ってくれて、なにか欲しいものはないかと聞いても、いつも遠慮する。
 しかし、今日の事は喜んでくれたみたいだ。俺は花畑で駆け回る妹の姿を見てほっと胸を撫で下ろした。
 せっかくここに来たんだ。俺もゆっくりしよう。妹の姿をゆっくり追いながら、花達に目を向けた。
 確か、アザレアという花だった気がしたな。妹が花に関する本を借りてきて、期限のギリギリまで読んでいた。その中に同じような花を見た。
 図鑑で見るより、すごく生き生きしていて、綺麗だ。
 俺は、そっとしゃがんで1つの花を手に取る。ふわふわとした花びらが壊れないように、そっと触る。
 風に吹かれ、花が左右にゆらゆらと揺れた。
「お兄ちゃん!何してるのー?」
 妹は、あまりにおれが追ってこないのを気付いたのか、俺の前に戻ってきた。
 目線を上げると、首を傾げている妹がいた。
 俺は跪いた膝を上げ、「いや、なんでもない」と立ち上がった。
「もー、せっかく来たんだから、ちゃんと見ようよ!」
「あぁ、そうだな。」
 自分より小さな妹の姿を見る。妹は俺の手を引くように前へ走った。
「転ばないように、気をつけ――!」
 突風が吹く。俺は目を覆った。びゅおおおっと音を立て、髪がなびく。
 やがて、うっすらと目を開けていくと、さほど離れた距離に居ない妹が、くるっと回って、こちらへ走ってきた。
 たった一瞬。その一瞬。
 花と揺れる妹の長い髪。ふわりと広がるスカート。
 穢れを知らぬ真っ直ぐな瞳。
 小さな足取りで、俺の元へ来る。
 息を飲んだ。妹が、あまりにも儚くて。
 綺麗で。
 まるで、1つのダンスを見ているようだった。
「お兄ちゃん?」
 近くへ寄った妹は、心配そうに俺を見る。
 この子に、こんな顔を見せてはいけない。俺は目元を雑に腕の袖で吹いた。
「泣いてたの?」
「いや……目にゴミが入っただけだ。」
 本当は、あまりにもあの光景が儚くて。
 風とともに、姿が消えてしまいそうだったから。そんなこと、言い出せるはずもない。
 俺は、妹と目を合わせ、微笑んだ。
「行こうか。」
「うん!」
 今度は、手を離さないように。俺は小さな妹の手を取って、横に並んだ。
「なあ、兄ちゃんお前はどこかのお姫様だったと思うんだ。」
「え!?本当!?」
「ああ。きっと、ダンスが上手なお姫様だったと思うよ。」
「どうして?」
 どうして?それは……
「お前の一つ一つの行動が、全部綺麗に見えるんだ。」

 
 私のお兄ちゃんは、とっても優しい人。
 とっても、不器用な人。
 パパとママはお仕事が忙しくて中々お家に帰って来ない。でもお兄ちゃんはずっと私のそばに居てくれる。
私は、そんなお兄ちゃんが大好き。
 でも、この間お兄ちゃんと出かけていた時、「ダンスが上手なお姫様」みたいって言われた。
 すごく嬉しくって。私、その日は自分の持っているアクセサリーを身に付けたっけ。
 でもね、私もお兄ちゃんは「ダンスが得意な王子様」だと思うんだ。

「そっちにまわったぞ!」
「ああ。今行く!」
 お店で買い物していたある日、アクセサリー屋さんに泥棒が入ったことがあった。
 私は、何も出来なくて店から出ていった泥棒のことを横にいたお兄ちゃんと、そのお友達に伝えることしかできなかった。
 私は、泥棒のあとを追ったお兄ちゃんをバレないように見ていた。
「はっ、たかが宝石一個にキレてんだ。頭のかてぇ警官さんよぉ!」
「その宝石には、作った人の想いが込められているんだ。簡単に奪っていいものなんかじゃない!」
「うるせぇ口だなぁ!黙らせてやるよ!!」
 泥棒がお兄ちゃんに襲いかかる。まずい……!と思って目をつぶった。けど……
 お兄ちゃんは軽々と攻撃を避けた。でも、泥棒も攻撃をやめない。
 沢山殴ってくる手を、お兄ちゃんは軽々と受け止める。最終的に体を捻って、相手を地面に叩きつけた。
「ぐぁっ!」
「お店の人に謝れ!自分のやった過ちを反省しろ!」
それだけ言うと、手錠で拘束した。
 スーツの裾が、風にゆらゆらと揺れ、乱れた前髪を乱雑に掻き分けた。
 (かっこいい……) 
 私は、その様子をずっと見て、それだけしか思えなかった。
 あんな怒っているお兄ちゃん、見た事なくて怖かったのもあるけど。でもそれ以上に、かっこいいが勝った。
 だって、あの時の戦っているお兄ちゃん。
 まるで、踊っているみたいだったから。お兄ちゃんには言ってないけど、私は見てたからね。
「ねえお兄ちゃん。」
 私は夕ご飯の準備をしている、後ろを向いた背の高いお兄ちゃんを見た。
「私もね、お兄ちゃんは『ダンスが得意な王子様』だったと思うんだ!」
 いつもありがとう。そんな想いを込めて、私はにっこりと笑った。

9/8/2023, 8:31:19 AM