【ラブソング】
侯爵家の娘である私と、第二王子である殿下の婚約は、お互いの地位や利害関係で結ばれた政略的なものだ。
幼い頃は天使のように愛らしかった殿下は、背も伸び、手は大きくなり、顔には冷たい無表情が居座るようになってしまった。
今日も不機嫌そうな目が私に向けられる。
声だって優しくはないだろう。
なのに、その声ににやけそうな顔を私は必死に取り繕う。だって。聞こえてしまうのだ、彼の本心が。
「何だ、そのリボンは。学院で勉強をするには必要ないだろう」
『こんな可愛い姿は他人に見せたくない』
「まだ課題が終わっていないのか?」
『今日は長く一緒に居られそうで嬉しい』
「わからないのか。それくらい習っただろう」
『もっと俺を頼ってくれればいいのに』
私の母の家系にたまに発現する能力。他人の本当の気持ちが聞こえる特殊な耳。将来は外交の役に立つことを期待されている。
彼と出会うまで、この力はひたすら苦痛でしかなかった。だけど。この不器用な王子様ときたら。なんて可愛らしいのかと思う。
「またぼんやりしているな。もう少ししっかりしてくれ」
『柱にでもぶつかりそうで心配だ……もし怪我でもしたら……』
いや、流石に私でも柱にはぶつからないと思うのだけれど。
「王族の婚約者だという自覚があるのか?」
『他の男と仲良くしないで俺を見ていて』
殿下の本音は私への好意で溢れていた。初めて顔を合わせた時、彼から聞こえたのは『なんて可愛いんだ!』という震え悶えるような『声』だった。
照れ隠しに不機嫌な態度を取られても。素っ気なくされても。ひと言口を開けば聞こえてくるのは『本音』ばかり。
『こっちを見て』『嫌わないで』『もっと近くに』『優しくしたいのに』『またやってしまった……』『今日も可愛い』
「どこへ行く気だ。君が移動する時は護衛もついて行かなければならないんだぞ」
『急に俺のそばを離れないでくれ』
まったく。この人は。相手が私じゃなかったら、とんでもない勘違いをされているところだってわかっているのかしら。
発言の全てが下手くそなラブソング。
そんな殿下が嫌いになれない。
まだ私の能力を知らない彼は、これを知ったらどんな顔を見せてくれるのだろう。
5/6/2025, 11:40:12 AM