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「ごめんね」

彼女はそう言って泣いていた。
2人だけの教室で、静かに泣いていた。

「ごめんね」

彼女はまた同じように謝った。
私たちはこれから帰ろうとしていたところで、私はすでに教室の扉の前にいた。
彼女は私の机の前にいた。

誰に何を謝っているのだろう。
この場には、私と彼女しかいないから、おそらく、私に言っているのだとは思う。
だけど、謝られるようなことをされた覚えはない。

「どうしたの?なんで謝るの?」

急に泣きながら謝り出した彼女を慰めようと、私は彼女に近づいた。
ハンカチを差し出そうとしたが、彼女はすでにハンカチを右手に持っていた。
それは、私が昨日あげたハンカチだった。

彼女は右手にハンカチを持っているのにも関わらず、目に浮かぶ涙をそれで拭おうとはしなかった。

かわりに、私の机に落ちた涙を一生懸命に拭いているようだった。

「何してるの?私の机なんて別にいくら濡れてもいいから!」

自分よりも私の机を優先する彼女は、私の友達には勿体ないほど優しくていい子なのだ。
だから、どうか泣き止んで欲しかった。
ただ、笑って欲しかった。
私の事なんて忘れて欲しかった。


ああ、なんて馬鹿なことをしたのだろう。
こんな私では、彼女を抱きしめて、涙を拭ってあげることも出来やしない。
彼女の瞳に映らない私では、彼女を笑わせてあげることも出来やしない。

「ごめんね」

彼女はそう言って泣いていた。
彼女しかいない教室で、静かに泣いていた。

「ごめんね」

彼女は何度目かの謝罪をした。
悪意で黒くなった机を拭きながら。
私があげたハンカチを真っ黒に染めて。

彼女は私の机を綺麗に拭きあげると、花瓶の水を変えてから、黒くなったハンカチをじっと見つめた。
彼女の瞳には強い何かが宿っていた。


ああ、この子はきっと。
何十年先でも、私のことを覚えていてくれるのだろう。
私のことを忘れてはくれないのだろう。
数日に一度、悪意を染み込ませたハンカチをじっと見つめ、自分を呪い続けるのだろう。

あなたは何も悪くないのに。
あなたはあなたを呪ってしまうのだろう。
私のことを想って、呪い続けてしまうのだろう。
それは、なんて悲しい結末だろうか。
それは、なんて苦しい未来だろうか。

私があなたにとっての過去の人間になりますように、という想いをのせたハンカチは、私たちを繋ぎ止めてしまった。

私はあなたのいない未来を選んだのに。
あなたは私のいる未来を選んでくれた。


視界がぼやけてきて、彼女の表情を読み取れなくなった。

「ごめんね」

彼女は、呟くように言った。
さっきと同じ言葉。
私は彼女がまた泣き出すのではないかと思った。
急いで、白い花柄のハンカチで目から溢れてくる涙を拭って、彼女を見た。

彼女はもう泣いていなかった。
彼女の持っているハンカチはもう白い花柄のハンカチではなかった。

彼女はもう謝らずに、教室を去った。


誰もいない教室を夕日が照らしていた。






「ごめんね」

5/29/2023, 10:20:23 AM