針間碧

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『もっと知りたい』

 誰も行かない無限の塔。塔の天辺は雲の上より高く、果てが見えない。誰がいつ何のために建てたのか、それすらわかっていない、そんな塔であった。人は皆その塔を気味悪く思い、滅多なことでは近づかなかった。塔に近づくのは、塔についてそこまで詳しくない輩か、研究者によって結成された調査団くらいであった。調査団に属していない野良の研究者もいるにはいるが、忍び込む前に調査団の警備によって摘発されていた。結果として、あの塔は調査団の関係者以外関わろうともしなくなったのであった。
 ここで話が終わっては何ら面白くない。というわけで、俺は今その塔の近くの茂みに隠れている。なぜかというと、言うまでもなく、塔に入ってみたかったからだ。別に俺は塔について知らない輩でもないし、野良の研究者でもない。ただ近くの村に住んでいる、村人Aだ。じゃあなぜそんな俺が塔に入ってみたいか。それは、調査団の動きにある。
 調査団は、塔を調べるためにやってきている。というのはただの名目だ。なんたって、調査団の者たちが塔に入っていく姿をここ最近見たことがないからだ。それこそ調査団がやってきた最初の頃は塔に入っていく姿を見たが、今や一切見なくなった。ということは、恐らくだが塔の調査はすでに終了している。というにも関わらず、撤退する様子を見せない。きっと、塔から離れられない理由があるのだ。俺はそれを知りたい。
 ということで、一人で塔の近くまでやってきている。塔に入るための準備は既に整っている。調査団の食事にこっそり眠りを誘う薬草を入れたのだ。ちょうど今日は野菜たっぷりな食事だったからうまいこと誤魔化せてよかった。そして、極めつけに今、風上から食事に入れた薬草の香を焚いている。この周辺はいろいろな野草が生えているから、多少違うにおいがあっても問題ないだろう。実際、塔の警備は皆一様に目を擦っている。寝てしまうのも時間の問題だ。俺はそのままここで待っていればいい。言うまでもないが、俺には眠りの類は効きにくいから寝てしまうことはない。これで俺まで眠ってしまっていたらただの笑い種だ。
 待機すること数十分、問題なく全員眠った。今のうちだ。抜き足差し足で塔の入り口まで向かう。塔へと入れる扉は、その辺にありそうな、しかし頑丈な鉄製の扉であった。果たしてこの塔は本当に警備がつくくらいには重要なものなのだろうか。幾分か疑問を禁じ得ないが、それもこれも塔に入ってしまえば全て解決するだろう。音をたてないように、静かに扉を開いて、中に入った。
 中は、意外と明るかった。周りのどこを見ても蝋燭のような明かりになるようなものはないし、外は暗いから、言うまでもなく外の明かりが入り込んでいるわけでもない。入っていてもせいぜい微かな月明かりくらいだろう。もしかしたら魔法か何かで明るさを保っているのかもしれない。そう思いながら俺は塔を見上げた。
 塔の天辺は、言うまでもなく何も見えなかった。底なしの闇だ。逆に言えば闇以外何もなかった。地上はこんなに明るいのに、なぜ上はあんなに暗いんだろう。不思議で仕方がない。塔を上るには壁伝いに作られている螺旋階段を上るしかないようだ。……これは、一夜では絶対に帰ってこれないな。まあいい。俺が塔に入ったとバレても、追いかけてくるのも時間がかかるだろう。今さっさと進むに限る。
 俺は、階段を一段一段踏みしめて進む。今一気に進んでもいいけれど、体力が切れてしまっては元も子もない。幸いなことに階段にはカーペットが敷かれており、疲れにくくなっているようだった。少しずつ進むが、一切先が見えない。そうでなくてもこの塔には螺旋階段以外何もないのだ。どれくらい時間がたったかすらわからなくなってきた。入った時にも思ったが、本当にこの塔の何が重要なものなのだろうか。わからなく、なってきた。
 今や俺は、「この塔の天辺には何があるのか」ということにとらわれていた。この先には、いったい何が。知りたい。知らずにはいられない。もう何もかもどうでもいい。この塔について知ることができれば、もう俺は満足なのだ。
 俺には、もう下は見えなかった。



「これはどうしたことだ」
「申し訳ございません、何者かに睡眠薬を盛られたようです」
「被害を報告しろ」
「いえ、特にはなにもございません。ただ、誰かが塔に入った形跡があります」
「…そうか、わかった。ならいい。今まで通り警備をしろ。今後このようなことがないように」
「はっ」
「…にしても、塔に上ったという者は可哀そうなことだ。塔に上ったものは、一度も帰ってこないというのに」

3/12/2024, 2:46:49 PM