-ゆずぽんず-

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仙台で初めて自分で借りて住んだ部屋は、毎日昼夜問わずラップ音なのか音が鳴り響いていた。壁や天井や床が鳴るなら家鳴りで片付けられたが、カーテンレールから音が鳴ったり窓が大きな音を立てたりとおかしなことが続いていた。
照り返しの厳しいむすような暑さに心身ともに疲弊していた夏の日、仕事が早く片付いたので近所のスーパーで酒と夕飯の材料を買い込んで帰宅。駐車場に車を停めて、共用階段を登り左に折れた廊下を月あたりまで進むと私の部屋だ。鍵を開けて部屋に入るとサウナのように暑苦しい空気が立ち込めているが、二階の角部屋でそれも西に面していることがそれを助長していた。手を洗い、リビング奥のガラスの引き戸を引くとカーテンが揺れていた。窓は閉めておりエアコンもプラグを抜いている。引き戸の為、開け閉めしたところで空気の流れは生じない。この時はきっと外から帰ってきて扉を開け閉めしたことで、空気が動いてカーテンを揺らしたのだと考えた。後日、リビングの引き戸を全開にしたまま仕事に出かけた。帰宅して鍵を開けて扉を開き、引き戸の先に垂れるカーテンが目に入る。揺れていない。試しに玄関扉を開け閉めしてみるが、カーテンは揺れるどころか少しもなびくことは無かった。気持ちの悪さを感じながらも特に気にすることなく過ごしていると、やはりたまに揺れるカーテンを目にする。そして、カーテンレールは誰かに強く叩かれたように音を鳴らす。窓ガラスは小石が当たっているかのような高い音を鳴らし、床は人の歩くような音を鳴らしている。下階の同僚からは自室が変だと呼び出され、駆けつけてみれば意味不明な現象を目の当たりにした。社長と打ち合わせの為、恋人を残して部屋を後にすれば帰宅して目にするのは怯える恋人。私の居ない部屋で、シャワーがひとりでに勢いよく流れだし私の歌声が聞こえると訴える。恋人と電話をしていると、恋人が部屋に持ち込んだヘアアイロンの箱が大きな音を立てて弾き飛んだこともある。人が蹴り飛ばしたような凹みまで出来ていた。
私には幼い頃から人と違うことがあった。それは他の人には見えないものが見えるということだが、幼い頃というのは私には当たり前に自然と見えるものだったので特別意識をしたことは無かった。しかし兄弟に指摘されたことで、他の人には見えないものを見ているのだと知った。成長するにつれて見える頻度や度合いは随分と減ったが、いまでも聞こえたり感じたり頭の中のスクリーンに目には見えないものを見たりすることはある。例えば、兄を助手席に乗せて仕事帰りの帰路を運転していると先の横断歩道を人が歩いているのが見えて還俗をする。すると助手席の兄は何事かと疑問を口にする。歩行者が歩いていたことを伝えると、そもそも周囲に人はいなかったという。おかしいなと考えてみれば、そうか確かに人はいなかったのだ。横断歩道を渡る黒い影のような足しか見えていなかったと思い出す。仕事帰り、夕方も日が沈みかけて暗がりが広がる頃。同じく兄を助手席に乗せて運転をしていると、少し先に煙とも霧とも違う白いモヤが立ち込めていた。速度を落としながらそのモヤの中を進むが、視界が悪い。時間にしてみればほんの数秒だがとても長く感じる。白い空間を抜けて兄にあれはなんだったのかと訊くが、やはり何も無かったという。この体験は過去にもあった。あれは夏も終わりが近づき、夕方から少しずつ過ごしやすい気温になってきた頃だった。件のアパート下階に住む同僚と稲川淳二の怪談ナイトを楽しんだあとの事。仙台で怪談ナイトで涼しくなった後、南相馬に向けて車を走らせていた。南相馬市に入ろうかという辺り、暗闇に包まれた34号線を走っていると100メートル程先の右手に民家が見えた。夜遅いがお風呂を沸かしているのだろうか、家の横手に見える煙突から白い煙が上がっていた。更に湯気なのか煙なのか、家周辺も真っ白い空間が拡がっていた。やけに白いし濃いなと同僚に話しかけてもなんの反応もしない。減速して徐行を始めるが、白いものはずっと広がっているようでなかなか抜け出せない。二十秒ほど徐行しただろうか、後ろから接近していたのであろう車が横をエンジンを唸らせながら走り去る。気がつけば白いものは消えていた。ミラーで後ろを見ても、さっきまで拡がっていた白いそれは忽然と消えていた。同僚に先程のものはなんだったのだろうと尋ねてみるが、そんなものはなかった。私がひとりで変なことを言っているから独り言だと思って無視していたという。今起きていたことを説明すると、気味が悪いから今は忘れようという。この同僚も私と同じく感受性が高いのか人に見えないものを見たりすることがある。そんなふたりでいながら、私には見えて同僚には見えなかったのだから尚更に気味が悪い話だ。次の週末に南相馬での仕事を終えて仙台に向かう際に、あの時に体験したあれはなんだったのか。そこに何があるのか帰りがてら確認をしてみようと二人で話しながら車を走らせていると、二人の記憶通りの場所に到着したが肝心の民家がなかった。民家があったはずの場所は木々が生い茂る林だった。こうなると更に訳が分からないが、謎は深まるばかりで考えるだけ無駄だった。なぜこの二件とも同乗者には見えていなかったのか、そもそもあれはなんだったのか分からない。
仕事場でパチンコやスロットが大好きな職人さんと話をしていると、勝っただの負けただのと毎日一喜一憂しては私に話をしてくれる。そんなある時、いつものように話を聞いていると知らないパチンコ店が頭の中に浮かんだ。そのパチンコ店の場所がどこか分からないが、大手であることは名前で分かった。気になりながらも職人さんの話を聞いていると、今度は入店して行く様子や職人さんがいつも遊んでいるスロット台の椅子に座る様子が主観で見えてきた。気になって訊いてみれば、まさにその店のその席であっていると言っては何故分かるのかとはしゃいでいた。分からないが今見えたのだと言えば、幽霊やらオカルトなんぞは信じないが、目の前でこんなことがあると信じられると目を輝かせている。最近は負けてばかりと話を聞いていたからか、買って欲しいと思っている自分がいたからなのか分からないが続きが見えてきた。それは、どこの何という台で何回転まで遊んでその後にどこの何という台で遊べば当たるというものだ。私自身、俄には信じられないが見えたことをそのまま伝えてみる。疑いもせず、こんなことがあった後だからと喜んでいた。
翌朝、現場で顔を合わせた彼は透視能力ってのは本当にあるんだなと興奮していた。私の言った通りに動いてみれば、その通りの台で回転数で当たったという。それも二十万円ほど勝てた、負けを取り返したと喜んでいた。この話というのは、実はこの不思議な予知能力なのか透視能力なのか分からないが、これが出来なくなるというオチがある。理由は単純なもので、私が欲をかいたからだ。私が言った通りのことをして勝ったなら私にもお小遣いをと欲張ったことから、パタリと見えなくなってしまった。しかし、その後に二度ほど透視のような事を体験したことがある。アプリで青森の方と知り合い、夜な夜な通話をしていた。青森に住んでいる同い年という事しか知らなかったが、その日は色んなことを知ることになった。いつものように通話をしていると、古い民家が見えてきたのだ。二階建ての入母屋造の母屋と、母屋と繋がっている木造のガレージ。恐らく元々は納屋だったのだろうことは、様子を見て分かった。通話をしながらもイメージの中で動いてみると、ガレージの中にあるガラス戸から家の中に入ることが出来た。ガラス戸を入ってすぐ右手に廊下が伸びており、その廊下を歩くと左手に十二畳程の広い和室。その和室に入ると左手に真っ直ぐ二階へ伸びる階段があった。階段を登り切ったところで突き当たりを右に曲がると、扉ではなくカーテンが入口に掛かっていた。カーテンを開けると、通話をしている相手と、何かのキャラクターが散りばめられた黄色いカーテンが見えた。和室のその部屋には大きな布団が一枚敷かれており、黒い猫と白い猫が一匹ずつ寝転んでいた。
今見えたものを話してみると、間違いなく今住んでいる実家だという。不思議なことがあるもんだと驚いていたが、私がそういうものに感が働くと知ったのだろうか相談を持ちかけてきた。聞くと、黄色いカーテンで隠している窓の外にいつも決まった時間に人影が現れるという。何かわからないか、若しくは対処法はないかという。私は感が働くが、所謂霊能者や霊媒師とは違うので適当なことは言えないと断ったが、今も頭の中で見える状況から察するにただの通りすがりの魂だろうと伝えておいた。というのは、窓の外に霊道が走っていたからだ。

私は見えたり聞こえたり感じたりするが、相談した霊能者の先生によればとにかく連れてきやすい体質だという。いつどこで憑依されてもおかしくないのに、一人しか憑依していないのは守護している存在が龍神様であるからだと言う。そして、この龍神様は白龍様でとても慈悲と慈愛に満ちた存在なのだそうだ。一人憑依しているのは、白龍様が引き込んだからだと。自ら命を絶ってしまった後悔や口惜しさ、寂しさや苦しみに苛まれていたところに私が通りかかったので取り憑いたのだそうだ。私についていけば、浄化されて天国に上がれるからという理由で悪さをする気は全くないことから守護に阻まれなかったという。今まで、夜に誰もいないのに耳元で名前を呼ばれたり話しかけられたりしたのも私に取り憑こうとしたものが寄ってきていたからだという。

霊能者に言わせてみれば、私は太陽のような存在なのだそうだ。私の傍にいれば次第に浄化されていくのだという。暖かくてとても穏やかな温もりと優しさを感じるのだという。白龍様の力もあるそうだが、私のエネルギーの強さが白龍様の姿や力を強くしているそうで合わせてまさに拠り所なのだという。加えて私のお人好しというのか、優しすぎる性格故に私を頼ってきてしまうのだという。私に取り憑いた女性の霊もただ浄化されたいだけで、なにか影響を与えるつもりはなくそっとしておけばいいとの事。しかし、いま彼女の気配はどこにもない。彼女の気配があった時は、定期的に陰湿な夢を見ていたがパタリとみていない。いや、それが昨年末頃に夢で見た。いつも夢の中で見ていた建物は真夜中なのだろうかあかりもなく真っ暗で、カビ臭く湿気が酷くジメジメしており床も軋んでいた。それが、昨年末に見た夢では明るくて暖かい空間に変わっていた。サンルームから見える庭には手入れが行き届いていないのか花や雑草が繁茂しており、雲ひとつない空からは暖かな日差しが差し込んでいた。夢の中でいつも見てきた為、一階も二階も間取りは覚えていた。私は明るく不気味さなどなくなったこの家をひたすら探索していたが突然誰かに呼びかけられたような気がして目が覚めた。私は、あの日から私に取り憑いていた彼女が天国に旅立っていったのだと感じている。どうか安らかに眠って欲しい。

2/23/2023, 6:26:55 AM